けさは 箱根の山に 雲がかかっていますが
  昨日の大雨で 大概の植物は元気になりましたが、

  たった 一日の寿命のサボテンの花は 
     雨で 満足に花びらを広げられないで終わってしまいました。

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  でも、それに代わって
     双子の花が 元気に咲き出しましたよ。

サボテンの花 梅雨



▲今朝 インスタに この写真と紹介文をアップしました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 kato.masa.yoshi梅雨の合間にサボテンの花  
  昨日見たテレビ東京「家について行って良いですか」の中で、取手のキャノン工場で働いていた父を持つ ラオスから働きに来ている苦労する青年を面倒見ている兄貴分。また、養父の介護面倒を見て来た若者が亡父の遺品だという、チューリップのレーザーBOXから「サボテンの花」を見せて、この歌の中に歌われているような家庭が理想の家庭だと語るのを聴いて、遊んでいるだけの若者ばかりではなく、良い子も沢山いることを再確認できました。  湯河原 雅喜
 #サボテンの花 #梅雨 #さぼてん #花 #若者 #チューリップ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


2017.06.22


新元号の制定が 進んでいるはずである。
 
  学生時代に 安田元久さんに日本中世史を学んだ 皇太子であるから、 三つ候補を挙げて選択をするという
  これまでの方法なら、きっと 自分でも調べて めでたい、祥の意味を持つ字を組み合わせたものを選択するように
  思えてなりません。

  ご自分でも 元号や皇太子の「徳宮」を 推講をした坂本太郎先生のお話を伺った記憶では、
  皇子、皇女の命名でも同じだった気がするが 三人の候補作を、それぞれの理由を説明して
  皇太子が選ぶというものであったので、中国の漢文より採るのではなく、日本の古典より採用する
  皇太子だと思います。 

その際、私が予想したのは (実際に 乱も起こったが) 「嘉吉」のような元号だと思っています。 
  そうしたら 「ポスト」では 私の名前の字を使った「喜永」を候補にあげていました。
  公刊される雑誌に 候補としてあがったものは 使われないので、
  「喜永」は 水泡に帰したということだが・・・

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週刊ポスト2017年6月30日号 2017年06月21日 07時00分 NEWSポストセブンによると

新元号 頭文字がM・T・S・Hと異なるKが有力との説も

 天皇の生前退位発表により「平成のおわり」が確実となり、新元号制定の準備が進められている。新元号をどのようなものにすべきかの法的基準はないが、1979年の大平内閣時代にまとめられた閣議報告「元号選定手続き」には以下の6項目がある。
  【1】国民の理想としてふさわしいような良い意味を持つものであること
  【2】漢字2字であること
  【3】書きやすいこと
  【4】読みやすいこと
  【5】これまでに元号又は諡として用いられていないこと
  【6】俗用されていないこと
 これらの“条件”を守ることは、簡単なようで案外難しいと内閣内政審議室長として「平成」の新元号制定の実務を担当し、後に元内閣官房副長官を務めた的場順三氏は言う。

  「特に難しいのが【5】と【6】です。平成を制定する際は中国、ベトナムなどかつての元号使用国で使われていないか、同じ名称の地名や企業名はないかなどを徹底してチェックした」
 さらに、「平成の頭文字(H)は明治(M)、大正(T)、昭和(S)のどれとも被らず実務面も都合がよかった」(的場氏)という。新元号もこれらと被らない頭文字となる可能性が高い。
“条件”を踏まえたうえで、識者たちは次の元号をどのように予測するのか。

■元号に詳しい東京大学特任教授の鈴木洋仁氏
 昭和と平成に見られるのは『初出漢字』と『頻出漢字』を組み合わせるパターンです。この“法則”から予想されるのは、過去に最多の29回使われた『永』と初出の『感』を組み合わせた『感永(かんえい)』ではないか。“いまの平和な感性が永く続くように”との意味を込めています。また、大きな戦争がない喜びが永く続くようにとの願いを込めた喜永(きえい)』もあり得そうです

「永」のほかにも多く使われている漢字として、多いものから順に「天」(27回)、「元」(27回)、「治」(21回)、「應」(20回)がある。

■国文学研究資料館の相田満准教授
 「景星(けいせい)」と予想する。出典は、中国の唐の時代の法律を元に平安時代の日本で編纂された『延喜式』。その中にいくつか“めでたい言葉”が出てくるのですが、それらのなかでも最も初めに出てくる、一番めでたいものといわれている言葉が『景星』です。これは『めでたいことの予兆として見える星』『徳のある人』という意味で、徳のある日本、徳のある日本人であるようにという願いが込められると思います

 ここで紹介した3つの候補はすべてイニシャルは「K」のため、重複の問題もクリアされる。ただし、これらが人目に触れた瞬間、「絶対に採用されない案」へと変わってしまう。“候補”であったとしてもこの中から新元号が出ることは絶対にないこともお伝えしておく。

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2017.06.22

小池都知事が 
  豊洲市場問題での記者会見を行った 余韻が残っているころ、
  私は 電車で 品川駅に向かっていました。

品川駅に降りると、ちょうど帰宅するサラリーマンや学生達が どっと押し寄せてくる時間で
  駅前のビルの大広告は マレーシア国の鳥とオランウータンの観光写真
  電光掲示板には 「NHK朝の連ドラ 主人公決まる・・・」が流れていました。 

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  駅前交差点の プリンスホテル等の角のレストランには
  アサヒビールのTVCMで、福山雅治とギター演奏をした海賊の親分以下
  ビールを飲んでいました。

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   帰りにとおると 2時間後は 海賊親分が ビール代を払っていました。



  今 品川地区は 下の地図のように 大きな工事が予定されています。
    その品川区には 多くの文化財を抱えています。どう 整合性を取るのか 保存と開発の
    勉強会に参加するため 2回目の上京です。  

   品川地図11

  ※図の上に マウスのカーソルを置いて クリックすると拡大されてハッキリします。




2017.06.20


  拾って来た 青紫のジャカランダの花   赤いデイゴの木の花

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  上のように
  拾って来た デイゴの木の赤い花は 「アメリカ・デイゴの木」で、「沖縄源種」とは形が違います。

     沖縄ディゴ アメリカデイゴ
           左:沖縄デイゴの木         右:アメリカデイゴの木


2017.06.20

沖縄も 今、梅雨の季節。 初夏を表す「うりずんの季節」ももうすぐ。
 ちょうど その時期に咲くのが 真っ赤なデイゴの花ですが、「デイゴの木が立派に咲けば咲くほど、強い台風がよく来る。」と、沖縄では言うようです。

湯河原では 雨のきょう、
 久し振りに聴いた THE BOOMの代表曲『島唄』には
  「♪♫デイゴの花が咲き乱れ♬ 風を呼び 嵐が来たあ♪」
でしたが、
  
 右側に ジャカランダの咲く 深沢さんちの門の 右側には デイゴの花も満開です。
左下が ジャカランダ 小 デイゴ ジャカランダ
 
  どうして、このお宅に、門の両側に、日本独自の樹木ではなく、
   アルゼンチンのジャカランダ、 アメリカのデイゴ  

ジャカランダ 小デイゴ 小      
   是非聴いてみたいですね なんでしょうか?と

   


ところで この歌詞は、台風を沖縄戦とかけた歌詞だといわれているようですが・・・
知っていますか?

               島唄
 

台風は、海水をかき回して 上昇しすぎた海水温度を下げる効果もあるので、
  珊瑚や魚、海の生物には すべて悪者でもないので、台風と戦争を同じく悪る者にしてはいけないのですが・・・。


2005年、朝日新聞に「宮沢和史の旅する音楽」というシリーズが連載され、 2回に渡り「島唄」の創作秘話が語られています。

■2005年8月22日 朝日新聞 (宮沢和史の旅する音楽:その1)
         たった一人のために

「島唄(しまうた)」は、本当はたった一人のおばあさんに聴いてもらいたくて作った歌だ。

91年冬、沖縄音楽にのめり込んでいたぼくは、沖縄の「ひめゆり平和祈念資料館」を初めて訪れた。そこで「ひめゆり学徒隊」の生き残りのおばあさんに出会い、本土決戦を引き延ばすための「捨て石」とされた激しい沖縄地上戦で大勢の住民が犠牲になったことを知った。
捕虜になることを恐れた肉親同士が互いに殺し合う。極限状況の話を聞くうちにぼくは、そんな事実も知らずに生きてきた無知な自分に怒りさえ覚えた。
資料館は自分があたかもガマ(自然洞窟<どうくつ>)の中にいるような造りになっている。このような場所で集団自決した人々のことを思うと涙が止まらなかった。
だが、その資料館から一歩外に出ると、ウージ(さとうきび)が静かに風に揺れている。この対比を曲にしておばあさんに聴いてもらいたいと思った。

歌詞の中に、ガマの中で自決した2人を歌った部分がある。「ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら」という下りだ。「島唄」はレとラがない沖縄音階で作ったが、この部分は本土で使われている音階に戻した。2人は本土の犠牲になったのだから。
(みやざわ・かずふみ。66年生まれ。歌手)

 ■2005年09月01日 朝日新聞 (宮沢和史の旅する音楽:その9)
        再び「島唄」のふるさとへ

  02年夏。ぼくはアルゼンチンのマルチアーティスト、アルフレド・カセーロとともに沖縄の竹富島にいた。石垣島から船で10分。赤い瓦の伝統的な建物が美しいこの島では以前に「島唄」のビデオクリップを撮影したことがある。ぼくらは2人並んで海に浮かぶ月を眺めた。
  翌日は沖縄本島のひめゆり平和祈念資料館に向かった。彼は、沖縄地上戦を生き延びたおばあさんの体験談に強い衝撃を受けたようだった。陽気な彼は黙っておばあさんの語りに耳を傾けた。
最後はコザの民謡酒場。夜が更けるほどに泡盛を飲み、一緒に民謡を歌いながら、彼はぼくが「島唄」に込めた意味を全身で受け止めてくれた。
  ぼくにとって沖縄は本当に大切な場所だ。多くの人々との出会いがあった。
 
 自分で「島唄」を作っておきながら、「本土出身者のぼくがこの歌を歌っていいのか」と悩んだことがあった。その時、「音楽では魂までコピーしたら許される」という言葉でぼくの背中を押してくれた人がいた。「花」を始めとする多くの名曲で知られる喜納昌吉さんだった。
  沖縄はまた、大人になって出会った「ふるさと」でもある。特に竹富島は「隠れ家」のような場所。島を歩いていると、おばあさんから「あんたかい、『島唄』を書いたのは」と声がかかったりする。ゆったりとした時間が流れる沖縄は、自分が「人間」という生き物であることを改めて教えてくれる。

※インターネットからの流用です。 この歌の 本当の意味は 下記の追記↓へ


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2017.06.20