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伊能忠敬測量隊の測量記念碑 2つ
    門川と 吉浜とに  あわせて二本
    完成式を  一緒に きょう 吉浜で開催しました

 今から二百年前に、正確な日本地図を作るために全国を測量した伊能忠敬やその測量隊に、宿泊・休憩で
協力した人がいたことを広く町民や子供たちに伝えるため、測量隊が休憩・宿泊した門川の冨岡与次右衛門と
吉浜の向笠彦右衛門の屋敷跡に本小松石の記念碑がそれぞれ建てられました。
 
 昨年、測量隊が城願寺の土肥氏墓地を参拝したことで、土肥会(会長深澤昌光)が湯河原町から補助金を出し
てもらい墓前に石碑を建てたことから、引き続き町に要望を出して今回の2碑も建てられることになったものです。

2019.10.14伊能忠敬測量隊碑完成式

 10月14日午前10時から
  湯河原町吉浜で、伊能忠敬測量隊を3泊もさせた吉浜村名主向笠彦右衛門の子孫である向笠進さんと、
 昼休み休憩の一行に土肥実平の活躍を話して感動させ、城願寺墓地へ参拝させるキッカケを与えた 
  門川村名主冨岡与次右衛門の子孫 富岡一夫さんを迎えて開かれました。

測量隊が地球の緯度を測るための 大きな測定器を組み立てて 天体観測や山島の方角測定をした
 「素鵞神社」の鈴木寧宮司により、石碑の保全を祈る神事の後、
 深澤会長挨拶、来賓の冨田幸宏町長、露木寿雄町議会議長の祝賀のことばがあり、
 小澤一夫吉浜区長や観光課長、土肥会関係者30人が集まり記念碑の完成式がおこなわれました。

  伊能忠敬の出生地から 伊能忠敬研究会会員の戸村茂昭を招いて「天体観測・方角測定の重要性について」
 の話があり、ここ向笠家・素鵞神社から初島・大島・利島などへ朱線が引かれた測量図が初めて紹介されて、
 参加者の驚きと喜びに包まれました。 
 つづいて、これまで調査紹介を続けて来た 私から 「土肥実平と伊能忠敬の第二の人生に共通性あり」という話
 があり終了しました。

 「歴史好きや旅行好きな方々に 新たな観光資源が加わっただけではなく、昔この事業に協力した先人達は
  湯河原の誇りであることを、町民や子供達に伝えていきたい。」と、
  冨田町長はこの碑を建てることになった意義を語りました。
 
ありがとうございました。町長さん。 議会の皆様の ご理解で
     これで 湯河原町の関係する3本を 建てることが出来ました。


  ※なお、資料は百円で希望者へお分けします。 
    as5j5s@bma.biglobe,ne,jp 加藤雅喜



遠路、交通困難なところから来ていただいた 戸村さんとは
    駅近くで 海鮮丼を食べながら 
  伊能忠敬の話から始まって、 きょうの伊能図の原所蔵場所の話、
  三角測量 関数表と聖徳太子  日本一歴史の長い建設会社=金剛組の話
   (578年、四天王寺建立のため聖徳太子によって百済より招かれた3人の宮大工(金剛、早水、永路)の1人
    金剛重光により創業。江戸時代に至るまで四天王寺お抱えの宮大工となる・・・・私は 会社名を間違えた
  ついには 掛川城から 大名の所替えで、九十九里へやって来た 太田氏についての話
  先祖の話と 映画『引っ越し大名』の話
  九十九里海岸と干鰯、 深川干肥陸揚げ場と 澁澤倉庫・渋沢栄一の話
    なかなか、たくさん話すことがありました。
    楽しく有意義な時間を過ごせました。 ありがとうございました。

      二人で 小






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2019.10.14
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