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会津盆地の北方、米沢地方に接して 現在の喜多方市熱塩・加納地区があり、
  その地頭職を 源頼朝よりもらった 三浦義明の七男「佐原義連」
      (彼のすぐ上の兄が、相模の中村一族の娘に婿入りして 岡崎四郎義実に名乗り
       三浦氏や和田氏らと 中村氏・土肥氏の関係を保持していた。)
  義連(よしつら)は、
  自分は 現横須賀市佐原城にいて、のちの宝治合戦以降、三浦氏でただ一家残り
  三浦氏を継承していた。
  現地には 息子「盛連」らを派遣して、4郡を支配開発させ
  その四男「光盛」の代になってから、在地領主化すすみ、旧地の三浦半島芦名の名前を受け継いで
  芦名氏(蘆名氏とも表記される)を名乗ったようですが、
  その勢力下に 建てられた寺院が 喜多方の「願成寺がんじょうじ」です。
  戦国時代には、芦名氏は一族の猪苗代氏と合力して 勢力を伸ばし、仙台の伊達氏と激突することになり・・・・

 そこは、昔
  戸田市文化財研究会の皆さんを案内して、 熱塩温泉山形屋に宿泊して翌日案内した所で
  「会津大仏」として知られています。

  会津大仏
  上掲のように
  手前に 大きなガラスがあって、光が反射して 写真がうまく撮れなかった気がします。

 とにかく、田舎のお寺なのに 場違いのように 大きいのです。
  あした、下見に行く、三浦半島 「浄楽寺」の 運慶作の仏像のように大きいです。

 2浄楽寺・阿弥陀三尊像


  


  
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2018.11.27
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