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湯河原町立図書館が、昭和61年(1986)に 作った
  『湯河原今昔』という写真集です。

 その161ページの写真です。  真鶴駅から トンネルをくぐって出て来る 電気機関車です。
  新崎川鉄橋を渡って、今の人間国宝美術館の脇を通って
  湯河原駅に向かう東海道線下り列車です。   

    新崎川鉄橋湯河原今昔p161(電化昭和初期)

 この電気機関車は 前部が特徴的で、
 いま、私が 毎日使っている 瀬戸物のスプーンにある この顔に似ているので
  「ムーミン」と 呼ばれているが、 
  昭和の初めの当時は チャップリンの履いていた「ドタ靴」 とか、「カバ」と言われていたのです。
  

    DSC09879.jpg


  横から見ると これですね。 戦前に 3台だけ作られました。
      いま、その1号機が 鉄道博物館に保存展示されています。

    1920px-JGR_EF552_sideview.jpg
 
 この電気機関車は 昭和11年(1936)に、3台製造されました EF55電気機関車です。 
  と、すると、上記の新崎川を渡る列車は、

  昭和3年(1928)2月5日に 熱海線の小田原ー湯河原ー熱海が全線電化されていて、
  昭和9年(1934)に 丹那トンネルが開通して 「熱海線」から「東海道線」となって、
  東京ー京都ー大阪ー神戸と結ばれてをうけての 空気抵抗をへ減らす 流線型の登場だったらしい。
 
この写真には 昭和初期の説明が付いているが、
   ハッキリ言うと 昭和11年の製造であるから、 昭和11年以降 と、
   より詳しい 注記が欲しいところである。




 さて 本題は この下の写真である。 これも 昭和初期の説明のある写真である。
   この 湯河原駅を出て 熱海方面の下り電気機関車のひく列車は、
   テンダー型の電気機関車であるが、
   この機関車の形式プレートが、テンダーの手すりの棒が邪魔で 型式番号が見えない。
   形式が解ると 製造年が分かり 年代が絞り込めるのだが・・・・
 この形の機関車は 
 上記のように 昭和3年2月5日の小田原ー湯河原ー熱海間が電化されたのちの写真でなくてはならないが、
 その昭和3年を目指して、イギリスからと アメリカからと この大型の電気機関車が輸入されている。
   イギリス製造は EF501、EF502、EF503の 三台。  
   アメリカ製造は、EF511,EF512の       二台である。
 それらが、日本の運用に適さない部分もあって、日本で それらを参考として国産を目指した
   昭和3年(1928)6月 東海道線で試運転となり、EF521となり 
   日本製の EF521,EF522、EF523,EF524、EF525,EF526,EF527、
   最後は、
   昭和6年(1931)に、 EF528、EF529が製造されて、翌年からEF541、EF542と改称された。 

   
    電化開通旗振りか石切山昭和初期2湯河原今昔110
    ※写真の上にカーソルを置いてマウスをクリックすると 拡大されて良く見えるようになります。

 
  さーて この写真が撮影されたのは いつのことで、
        撮影日の手掛かりになる この電機機関車は EF□□□なのであろうか?
   私には この機関車のプレートが テンダーの手すり鉄棒が邪魔して
          見える範囲で  E□5□3、 または E□5□9と
          読み取れるのだが どうだろうか?
     E□5□3 なら、 EF503(イギリス製) で 昭和3年以降の写真となる 
            またはEF523(国産)で、  昭和3年以降の写真となる。 
     E□5□9 なら、 EF529(国産)で、  昭和6年以降の写真となる。

   果たして どうだろうか?  鉄道マニアの 博識眼に期待したい。是非 わたしにアドバイスをお願いしたい。
   
   手掛かりの もう一つは、日の丸の小旗を打ち振る 白の体操着の子供たちが並んでいるので、
      電化完成一番列車の 祝賀行事なのかも知れない。とすると、昭和3年2月5日となる。
      
      昭和9年(1934)12月1日に 丹那トンネルが開通して 熱海ー沼津が電化された。
         また、「熱海線」から「東海道線」となった時の 祝賀運転かも知れない。

      さらに、この時期の 天皇陛下の乗車する 「お召し列車」祝賀の列車かも知れない・・・・



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2018.09.12
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