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きのうの 続きを

   実平遠平像

 この町の文化財指定の仏像 
   いつの間にか 入れ替わっていて 違っているのかを確認します。



 町の図書館へ出かけました。 原本はなかったのですが、コピー本が3冊あって、
 出来具合を 三つ並べてみました。
  
①DSC05359
②DSC05360
③DSC05361

  ③番目が 一番コピーがきれいでしたから、 拡大して アップにしてみますと、

③DSC05361右

③DSC05361左

さて、この本では 説明文には
   上の 「冠をかぶった方が 息子の土肥遠平。
   下の 坊主頭が 父親の 土肥実平。」 と書いてありました。


きょうは これが正しいか ミスプリントかを確認するために 図書館へ行きました。
 木像と、セットになっている
    位牌を読もうと思ってきたのですが・・・・・ その字も コピ-が雑で、読めません。
  


 でも、この位牌は、今も実物が残っていて、見ることが出来ますから、紹介します。

    実平位牌アップ  遠平位牌

 上の 拡大したそれぞれの木像の前に 立つ 位牌は、
                その木像が だれかを表していますから・・・


繰り返して 私が 像と位牌を 並べてみましょう。
            ピンボケのコピーでも 区別できますネ。

③DSC05361左実平位牌アップ
 位牌の一番上に、 二行に分かち書きされた部分があることが わかります。
    さらに その下に「實」が書かれたのが わかりますね。   
  

③DSC05361右遠平位牌
  位牌の一番上が 「一」と書かれたのが わかりますね。 
 


 結論
   もう これは、確実ですね。
   本の説明が 誤植ではなかったのですね。

   ◎明らかに 坊主頭の木像を
       「當寺
            實渓大心大居士 霊位」
        開基 
   の戒名の位牌を置いて 土肥実平像と考えていたのです。

   ◎明らかに 冠烏帽子をかぶっている像を、
       「一咲大喜大禅定門 霊位」
            の戒名の位牌を置いて、土肥遠平像と考えていたのです。



  この昭和38年(1963年)当時の土肥会や この歴史研究会の郷土史の先生方、おそらく城願寺の住職さんらも、
 みんなが 丸坊主頭の法体姿で笏を持っている像を 父親の土肥実平であるとしていたのです。
  怖い顔に見える 烏帽子をかぶった武家姿のような像を 長男の土肥遠平と思っていたのですね。

 でも、昭和54年(1979年)に 町の文化財として指定されるときには、何故か
   逆に 指定されたのです。 もう一度 掲げておきます。
  実平遠平像
   
      16年間に 何があったのでしょうか? 興味津々ですね。
   
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2018.09.07
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