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 今年も
  8月23日に「頼朝・実平開運出陣祭」で 私が説明したのですが、

   湯河原 城願寺の宝物を公開説明するときに、
   いつも困っているのが、土肥実平の木像、土肥遠平の木像です。


1963年(昭和38年)に、 湯河原町の
   最高レベルの学者先生方によって作られた 「湯河原郷土文化研究会」の
   機関誌『湯河原 1963』が 手元にあります。

執筆者
奥付

その口絵写真ページが これですが、//////////
   湯河原郷土文化研究会1963土肥実平像の誤り

  七騎像の右下の 土肥実平・遠平の木像が 位牌とペアで並んでいる写真があります。
  写真説明も ついているので 拡大しました。



    湯河原郷土文化研究会1963土肥実平像拡大


 位牌が それぞれの前に置かれています。字が読めません。コピーなので。
  ただ、像を見ると、
    向かって左の 笏(しゃく)をもっての僧体の像を 土肥実平像。
    向かって右の 烏帽子をかぶっている像を    土肥遠平像と 説明クレジットがあります。

  この印刷物が出版された時、1963年(昭和38年)では、
  城願寺や土肥会といった関係者や、この研究会の誰もが この印刷物を手にして、
  「烏帽子の木像が 土肥実平像だ。 この本の説明が誤り。」と 
  このそうそうたる学識者が 一人も異議を言わずに 校正を通り、出版されたのだとしたら
  驚きとしかいいようがありません。

16年後の
昭和54年4月1日付けで、 町の文化財審議会で、湯河原町文化財として
  下記のように 承認指定されたのですから・・・・・

     向かって左の 笏(しゃく)をもっての僧体の像を 土肥遠平
     向かって右の 烏帽子をかぶっている像を    土肥実平像と,
                             逆に 指定されたのです。

実平遠平像
   
   今も その逆指定のまま 教育委員会の本が発行されています。

 もし、この写真説明が誤りで、20名の会員が 誰も見過ごしたのだとしたら唖然とします。
   唯一 単純な誤植ミスか 否かを知る方法があります。 像の前に立つ位牌に書かれている
   戒名が 実平・遠平親子の戒名と像が一致しているかどうかです。
   戒名も入れ替わっていたら 驚きです。
   残念ながら 手元の本は 複写を重ねたコピー本で 
   ご覧のように 位牌の戒名が読めません。 
 でも、あした 図書館にある献本で 複写の一つ前のコピーか 原本を見ると分かりますね。
           楽しみですね。   

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これまでも 像の取り違えがあったのではないかという意見を 私が申しあげていますが、
  根拠薄弱で 教育委員会にも 正式に問い合わせを 文章でしていません。

  むかし 反対に説明を受けたという人がいるだけで、
     像を精密に 非破壊検査していないので、 反論も出来ず 
    いつも説明するたびに 私は困っています。


   
  
  
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2018.09.06
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