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2007.07.03 *Tue*

お元気で、大岡信先生!「折々のうた」最終講義

 大岡信先生の、最後の「折々のうた 講演会」に有楽町マリオンへ出かけた。1ヶ月まえ、瀬戸内寂聴さんのお話を聞いた同じ席に座った。B8である。
◆予告記事
 20070704094537.jpg

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2007年07月03日18時05分
ゲストの谷川俊太郎、小島ゆかりさんが目の前最前列に来て座った。
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18時15分 開会
 79年以来、6762回の長期連載が3月末に終わった朝日新聞の第1面コラム「折々のうた」の大岡信先生の「折々のうた ことばの宴におわかれ」開催された。
 

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 明日発行の「朝日新聞」の記事ではこう書かれる。

 「紙面で紹介した古今の名詩歌句をより深い鑑賞に導く講演会を大岡さんが始めたのは83年。季節ごとに開いてきた。
 第98講となったこの日は、大岡さんの講演と、詩人の谷川俊太郎さん、歌人の小島ゆかりさんを交えた鼎談の2部構成。詩歌をめぐる熱い語りを約800人が惜別の思いとともに聞いた。
 会場ロビーには、大岡さん自選の2100回分を収録した最新刊「精選 折々のうた」(全3巻、朝日新聞社刊1万円弱)も並んだ。」

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2007年03月31日01時33分の朝日新聞
 大岡信さん「折々のうた」最終回 6762回、惜しむ声
 詩人の大岡信さん(76)による本紙1面の連載「折々のうた」が31日、最終回を迎える。朝日新聞創刊100周年企画として始まったのが、1979年1月25日。古今の詩歌を縦横に取り上げ、足かけ29年に及んだ長期連載の終了に、「毎朝一番に読む記事だった」「寂しくなる」などと惜しむ声が、全国から寄せられている。
 何度か休載期間をはさみ、最終回が6762回目。約4600首を集めた「万葉集」をはるかに上回った。大岡さんは、はればれとした表情で「とにかくおしまいまで来られて、ほっとしています」。
 「『折々のうた』は短歌、俳句、現代詩から漢詩、歌謡まで、ジャンルの枠を取り払った、日本の詩歌の広場。『台湾万葉集』など、あまり知られていなかった作品に光を当てたことも大きい」と、朝日歌壇選者の歌人、佐佐木幸綱さん。
 大岡さんによると、連載当初はまだファクスがなく、毎日オートバイで原稿を運んだ。このため長期の旅行は見合わすほかなかったという。ファクスの普及で旅行はできるようになったが、今度は重い資料を抱え、毎日宿泊先から入稿するあわただしさ。
 「そんなふうにしながら、よく続いたなと思う」という友人の詩人、谷川俊太郎さんは、「折々のうた」はある時期にアンソロジー(精選集)を「卒業」したとも指摘する。「よい作品を選び出すということから、毎朝、詩の言葉を味わわせてくれることへと、連載の意味がシフトした」
 俳人の中西夕紀さん(53)は02年に自作が取り上げられた。「広い視野をもつ人に認めてもらって、とても励みになった」と語る。
 連載終了のお知らせが26日に出ると、全国の読者から声が寄せられた。岩手県釜石市の主婦、浦田厚子さん(55)は「心からお礼を申し上げたいです。難しいことをやさしく丁寧に解説してくれたのがうれしかった」。
 東京都江戸川区の主婦、五十嵐公子さん(76)は、「一日の初めに真っ先に読んで、元気と幸せをもらっていました」。
 北海道恵庭市の無職、前田貞治さん(79)は「これから寂しくなりますな」と残念がった。谷川俊太郎さんも「身近な人が立ち去ってしまうような気持ち」と、連載終了を惜しんだ。

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 大岡先生、身体をこわして一時「折々のうた」を休まれたが、実はその後の体調も良くないようであり、潮時を考えておられたようである。今日は流石に登壇にステージ上は、やや足を引きずるようであったし、演壇には椅子に座って話された。ろれつもやや回らない様子であった。もどかしく手振りの繰り返しが多かった。その様子を、朝日新聞福井県版で坂本氏が、先日の6月26日紙面に、3月16日の大岡先生の様子を紹介している。

 大岡先生、無理せず、適度なお仕事を


2007年06月26日の 福井県版朝日新聞 「あしたは晴れ」から日本文芸家協会会員坂本満津夫さんの寄稿
 「大岡信さん また元気な姿を」

 第37回高見順賞の授賞式が3月16日、東京・飯田橋のホテルであり、私も招かれて出席した。受賞作品は岬多可子の「桜病院周辺」で、参会者はざっと150人ほどだった。
 しかし、私が書きたいのは、賞のことではない。大岡信の窶れようについてである。
 財団法人高見順文学振興会の理事長として、表彰式で壇上に登った大岡さんを見て、あっと思った。足がもつれて介添人に支えられてやっと立ち、賞状授与の言葉ももつれ気味で、見るにしのびない感じであった。
 脳梗塞の後遺症があるのだという。
 昭和6年生まれの大岡さんには、同世代人の輝ける星として、あこがれの気持ちもあって、その著作は初期から買いあさってきた。書棚2段に100冊余りがぎっしりと詰まっている。
 中でも精読してきたのは、朝日新聞に連載した「折々のうた」である。
 岩波新書の第1巻は80年3月21日第1版発行とあって、“あとがき”によると、「本書は79年1月25日朝日新聞創刊百周年記念日から、同紙朝刊に連載されているコラム『折々のうた』の一年分をまとめたものである」とある。
 その岩波新書第1巻の最初には「石ばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも」という志貴皇子の歌が取りあげられ、5番目には「鳥籠をしづ枝にかけて永き日を桃の花かずかぞへてぞ見る」という山川登美子の歌が引例されている。
 季節にひきつけて春のうたを取りあげたのであろう。注釈には「艶麗だが、ふしぎにも三句目以下は倦怠の翳があって、孤愁に耐えているような寂しさも漂う」と書いている。
 「折々のうた」の中身に分け入ってあれこれ書いたらキリがない。収まりがつかない。
 そこで大岡信のことに話を戻すと、私がはじめて大岡信と面談したのは昭和60年3月15日。赤坂プリンスホテルであった。氏の名刺にそう書いてある。これも高見順賞の当日で、高見秋子夫人の紹介であった。大岡さんは5人いる選考委員の1人であった。それからでも22年がたつ。
 大岡さんの仕事ぶりは周知の通りだが、日本芸術院会員、文化勲章受章と、文人の最高位に上りつめた。そして28年も続いた「折々のうた」は07年3月末で終わった。来年の高見順賞の席には元気な姿を見せていただきたいものである。

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最後の花束贈呈で、笑顔となった。お元気で大岡先生! IMG_2794.jpg


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