つもお世話になっている 『湯河原新聞』 今朝の紙面に
  講演会のことを紹介していただきました。
  ありがとうございます。


湯河原新聞タイトル2
新聞記事講演会29.5.12.

       ※紙面の上に マウスを置いて クリックすると拡大されて読めますが、下に横書きで示します。

  湯河原町の歴史を語る上で欠くことのできない郷土の英雄、土肥実平一族に関する史跡保存や研究をおこなうとともに、去る四月二日には五所神社から桜木公園まで勇壮華麗な武者行列や城願寺での法要紀要を実施した「土肥会」(深沢昌光会長)では、来る五月二十一日(日)午後一時三十分より、湯河原町立図書館三階集会室において、湯河原町・湯河原町教育委員会・真鶴町などの後援による「第六回郷土の歴史講演会」を開催するので、町民の皆さんの多数の参加を呼びかけている。
 今回の講演会は、富山県立山町の町議会議員であり、土肥実平の子孫である坂井立朗氏を講師に迎えて「富山県の土肥実平の子孫と その活躍」~上杉謙信・織田信長・佐々成政・豊臣秀吉・前田利家と戦い続けた弓庄城主 土肥政繁~と題した講演がおこなわれる。

 立山町は立山黒部アルペンルート、黒部ダムという観光の町として有名であるが、私たち湯河原・真鶴の人にとっては、実平の子孫が鎌倉時代から室町時代にわたって城願寺川の扇状地を開発した領主として尊敬され、戦国時代には子孫の武士達が団結して領地を守る、まさに「一所懸命」の戦いを続けたことは余り知られていない。副題にある土肥政繁(まさしげ)は、現在の立山町・上市町・滑川市などを領地として弓庄(ゆみのしょう)城を本拠に、戦国時代の名将である謙信・信玄・信長・秀吉・成政・光秀・利家らの大勢力に板挟みになりながらも、弱小領主ならではの知略・戦略をもって活躍した。しかし籠城が長引き最後には開城やむなしと決断し、命を差し出す覚悟で自分は遠地へ去る代わりに、籠城した地侍・農民の命を奪わず、家老らを百万石加賀前田利家の中堅家臣として召し抱えるという破格の条件で土肥一族を守ったと伝えられる。

 これまで、土肥実平は広島の三原市に行き子孫が小早川氏に繋がった話は誰もが知っていることだが、今回は富山でも土肥氏が活躍していたことを、二十五代目の子孫が語る興味深い内容には、戦国武将マニアのみならず、小中高校生の学生の参加も大歓迎と呼びかけている。
 参加は無料、分かりやすい資料も配布される。午後一時開場で、受付定員は百五十名となっている。なお湯河原駅より徒歩3分、図書館駐車場は無いので近隣駐車場を利用してください。
お問い合せは、土肥会事務局☎070-5581-1012 または土肥会ホームページまで。


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2017.05.12
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