池宮彰一郎の死
連休明けの今週、一番のショックは歴史小説の池宮彰一郎さんが死亡したことであった。
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 「四十七人の刺客」で知られる池宮彰一郎さんが、6日午後8時26分、肺がんのため自宅で死去した。83歳。
 満州での従軍体験を経て、1952年から約40年、「十三人の刺客」「雲霧仁左衛門」などの映画シナリオを本名で執筆。テレビ「大岡越前」「必殺仕掛人」など歴史、時代物で脚本で活躍、69歳で忠臣蔵に新解釈を打ち出した「四十七人の刺客」を発表。93年に新田次郎文学賞を受賞し脚光を浴びた。その後も斬新な歴史観で「四十七人目の浪士」「高杉晋作」「遁げろ家康」「本能寺」など。
 99年「島津奔る」で柴田錬三郎賞を受賞したが、島津・家康で司馬遼太郎作品との類似が指摘され、同作など2作が絶版回収になった。

 長らく脚本を手がけてヒット作を連発した。その蓄えた力で、目から鱗を落とした「忠臣蔵」の新解釈を打ち出したのは、69歳であった。映画の斬新さは、原作・脚本の両方を手がけたからであろうか。大変な力量と思って、手に汗を握ってみた映画である。

 軍隊での苦い、苦しい体験が台本を書く下敷きになっていた。その経験は、靖国神社云々を推し進める連中には理解されない苦労である。
 場所は違うが、上海・ガタルカナル・インパール・ラバウルと、命からがらの体験を持つ、私の父親と同じくらいの経験者である。
 遅咲きの才能・・・83歳で散った。残念である。

【2007/05/11】  この記事のURL | 現代時評 | CM(0) | TB(1) | ▲ top
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