今週から 大々的にTVで放映されている
  「大人の休日倶楽部」
      logo_20170125233636053.png
JR東日本 秋田新幹線PR    TVCM
      吉永小百合  秋田県「増田の内蔵篇」
           
増田町吉永小百合

かつて東北経済の要衝として栄えた横手市増田町。
秋田屈指の豪雪地帯としても知られるこの町には、
母屋で覆われた「内蔵(うちぐら)」と呼ばれる豪華な蔵を構えた商家が400mほどの通りに40以上も軒を連ねます。
吉永さんが冬の秋田を訪れ、独特な文化に触れる大人の発見の旅を描いています。
     20161221ak0018_01_l.jpg
        IMG_0018.jpg

横手盆地の東南部に位置する増田町は、江戸時代から人や物資が行き交う流通拠点としてにぎわい、明治から大正にかけては県内有数の商業地に成長しました、その中で商人らがこぞって建造したのが「内蔵」(“鞘(さや)”となる上屋で覆った土蔵)。それらは白漆喰や黒漆喰磨き仕上げなどの意匠が凝らされています。内蔵をはじめ歴史的建造物が多く残る町並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。



http://www.city.yokote.lg.jp/tokusetsu/masuda/04_open/ 増田町観光協会のHPもよくできています


さて
ここ増田町は 戦国時代に活躍した 土肥実平の子孫が 増田城を構えた 城下町、商人の町です。
  地図を見てください。今の増田小学校の敷地が 「古舘」と 呼ばれた 城館の跡です。
  さらに この地を囲む 空色線の地域の 字(あざ)の名前が「土肥館」です。 
  旧増田町役場でm今は横手市役所の支所になっている建物先の 交差点も「土肥館」です。

    増田町土肥館写真地図

  右(東がわ)の縦に通る黄色の道路が 中町通りで、 TVCM取材で放映される 内蔵が並びます。
  その一本 東の道路の北が 「満福寺」です。  

    05441aj2200123371_1.jpg
         amidazou.jpg
 
        このお寺の 秋田県重要文化財指定の 阿弥陀仏は、
  言い伝えによると、
  城主 土肥氏が 自分のふるさとである、相模国土肥郷の「城願寺」から、
  分けてもらい運んできて
  増田の菩提寺にある 満福寺の本尊にしたということです。

戦国時代に、仏像を背負って秋田へ帰っていった土肥氏の子孫とは、どんな人達だったのでしょうか?
  そして、土肥氏の実権が 湯河原から広島県三原の小早川氏に移った後の、100年後に
  現れた 土肥氏の子孫という人物達に 仏像を分けてあげたという、室町時代中期以降の城願寺の
  檀家、土肥氏の子孫達は、どんな気持ちで仏像を 持たせたのか?
     
    そういう記録が 是非 欲しいですね。


  
 
スポンサーサイト
2017.01.25
コメント記入欄