京都の「都七福神めぐり」に 続いての
  火曜日は 東京小石川の七福神巡りでした。ただし その一つだけ

  丸ノ内線 茗荷谷駅の えびす様を 参拝しました。
       寺の名前は 深光寺 です


  小石川七福神地図

  駅を降りて 改札口を左へ回り込んで 細い茗荷谷と呼ばれる道を下ります。
  拓殖大学の建物を右に見上げて 50m 林泉寺: 縛られ地蔵と並ぶ、

      縛られ地蔵

右の大学校門の反対の 深光寺
  左手のお寺です。 坂を登ります。本堂前の右に 隊を持った恵比寿様がいます。 

    えびす
  

本堂の左手前に、長編「南総里見八犬伝」曲亭馬琴のお墓があります。

  本人は、武士を辞め商人町人として生きたので、その意味では、滝沢馬琴を使わず
  ペンネーム「曲亭馬琴」(きょくていばきん)を使っていましたね。
 
 このお寺、深光寺には 
  最上家に仕え、川越藩松平信綱とその子の旗本に仕えた
  もと武士の滝沢家の菩提寺らしく、左手に一族親類の墓が まとまっています。

        DSC09228しょう

  馬琴が、目が見えなくなって、口述筆記をして助けて、最終巻106冊まで出版できたのは
  長男の嫁のおかげといいます。
  その 「みち」のお墓も、
  馬琴の墓の左後ろの夫兄弟と同じ墓に 眠っていました。

          滝沢子供夫婦墓
   4人の戒名のうち  一番左が 路さん、右となりが 旦那さん。
   その
   旦那さんの顔は、お父さん馬琴と交流のあった、渡辺崋山が写実的に描いています。
  急度 父も このような 真面目で神経質な顔であったように思えます。

         800px-A_portrait_of_Takizawa_Kinrei_by_Watanabe_Kazan.jpg

  このような夫と、夫が先になくなったのち 義父の面倒をみた彼女に
  ご苦労様と言いました。

同じように 自分の作品に挿絵を描いてくれたことで、曲亭馬琴と仲が良かった葛飾北斎も
  同じような環境で、 北斎もまた、美人画では北斎もかなわなかった 
  実のむすめ葛飾応為こと、「えい」に 歳をとってからも世話をしてもらって画業に励んでいた。

   北斎むすめ

  この布団をかぶって絵を描く 北斎と、見つめるむすめの図を元に
  北斎美術館は 人形で再現されていました。

  お栄と北斎人形



スポンサーサイト
2017.01.19
コメント記入欄