今日の午前中は
 午後からの 「湯河原町賀詞交換会」が あるというのに、
 

 江戸時代を通じて 
    小田原藩の漁業を牽引した 真鶴半島尻掛海岸のボラ漁ですが、
    その現場、「尻掛浦(しっかけうら)」 へ、そして そのリーダー漁師 
    紀州大崎村から やって来た、田廣与次兵衛の代々の墓を撮影に出かけました。



尻掛浦  向こうは、中央に 熱海伊豆山マンション、   右に湯河原のマンション

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舟繋ぎの綱を通す穴のあいた 岩
 
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紀州から渡ってきて ボラ漁を広めた 田廣家の代々の墓地

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  15個の墓が並んでします。

  研究 その後の文章化を考えます・・・・・









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2017.01.04
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