今回の写真整理の中で、気になったのは、

   江戸時代のはじまりに、日本の勘合貿易船の立ち寄り先、
   安南国の「ホンフアイ」(?)に飾ってあった、この船であった。

有名な観光地 「日本橋」で

日本橋夜

貿易船

観光用の飾り船のようであり、水に浮かべることは できそうにないものであった。
  昔 長崎でも見たことがあるような気がしたが、細かい部分がどうだっただろうか 覚えていないけど。

気になったのは、
  その帆に描かれたマークでした。

どうしても 納得できなかったのは、上下反対ではないのかということです。

           photo01_03_02.jpg 

   CVOのマークは、本来、「オランダ東インド会社」の略称でしたよネ。
   イギリス、フランスも続いた、開発、貿易、植民地経営会社でも 使われた
   シンボルマークでした。
 それが 逆さまに 帆に付けられていました。

単に誤りというのはかわいそうかなあと思いました。
    誰か注意してあげないなら、私か言ってあげようかと思って 帰って来ました。

ところが 図版を確認したら、なんと!
    「長崎くんち」の あの回転する船屋台の写真を見ると・・・・

image2.gif

やっぱりこのマークが上下逆に描かれていました。
  
   ※ 気づきましたか? あのベトナムホイアン  にあった 飾り舟は
      この「長崎くんち」の 回し屋台の舟と 同じ舟ではありませんか!?
      どうしたことなんでしょうか? 


これは 欧米の手先、東インド会社の政策に反対する
    独立志向の、支配されている人たちのアンチテーゼの
    シンボルマークとして、作られたもの。
    反植民地主義のマークで使われていた
のだとしたら、
 考えることがありますよね。



これは ぜひ 長崎の原田博二さんに聞いて見なくては・・・・・

 質問: 長崎の「出島」のカピタン屋敷に立っている掲揚塔には
      どんなマークの旗が立っていて、
      「長崎くんち」の廻し舟屋台のマークは、なぜ上下逆さまになっているの?と。

      家に帰って来て、早速 今晩メールしました。


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2016.12.06
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