行ってきました。 お墓掃除とお参り
  そして 眞鶴貴船神社から 眞鶴半島へ。 

貴船神社は 七五三で 賑わっていました。
  先週は 孫娘 あいちゃんの お参りが、所沢でおこなわれたのですね。
 きょうの 眞鶴の神社も 多くのお参りの人で 順番待ちでしたね。

 神主さんは 11月 「神戻り月」?・・・ 10月の「神無月」中は全国の神様が
                                      出雲へ出張中でしたが、
     出雲から各地に神様が戻ってくる月は、急に忙しい月になるのですねえ。 

きょうの眞鶴は、目的がありました。  山歩きです。
 200年前に伊能忠敬測量隊が歩いた道を 自分の足で 歩いてみることです。


 お墓参りを終えて、車で 海岸側におりて、貴船神社の階段下へ。 

    syou_20161114145642723.jpg

 無料の参拝者駐車場に駐める (後で お賽銭を はずむ!?)
急な階段を上る。
        貴船神社急石段 

  七五三の子供たち家族をよこに 境内から出て、半島の横断をするために 小山へ登る。
        七五三のぼり

  今から 200年前に 伊能忠敬の測量隊が 伊豆半島を北上してきて真鶴半島測量の時、
  吉浜に泊まり 福浦港から、半島の南を沿岸測量をした後に、笠島(三ツ石)を廻り、
  真鶴港へ達して宿泊。 翌日、正確さを増すために
  半島の中央を横断して、距離を求めて、地図で半島の膨らみを正そうとした
横切」という方法が 伊能忠敬測量隊の絵図に記入されており、日記にも記されています。
  その確認です。
   
      伊能図真鶴「横切」
この半島の付け根、真鶴港の入り口付近から、半島の向こう岸、南の浜へ横断して、
           その間の距離を測定して 地形の痩せや膨らみを是正しようという「横切」という測定の
            場所が、伊能図から遅れること50年余の 
   下の明治初めの海軍測量部の海図での実線部分に当たると思われるので、挑戦です。

      海軍測量地図1
   
現在の通路も、真鶴は 関東大震災の大火で 町中は別として、半島部分は 200年前と変わらないですので、
 出発地は 測量日記で「左ニ貴之宮、右に鯛納屋一軒、字宮ノ前浜内」とある、貴船神社階段下の広場から、
 目標は、昨日、沿岸測量して通過する際に目印の旗を立てた「大濱=大浜」海岸
                                                                        (もしくは「道無(みちなし)」海岸)です。

         大浜までの地図
迂回しながら 当時のけもの道・山道を登ります。今は アスファルト舗装で自動車の通行可能です。
   歩いて登ります。
   真鶴半島の尾根道に当たる、県道739線のバス停「大浜口」へ 程なく到着します。
   そこから 下り道を捜して 下ります。
   
(1)最初は 空色の線をまっすぐ下って行きます。 舗装が切れる頃に、
     「車通りぬけ出来ません」「私有地立ち入り禁止」の看板が たくさん出てきます。
                          そんな大別荘が並びます。
  右折して 公道を どんどん下ります。 私有地のフェンスの間の細道を さらに下ると・・・
  しの竹の覆い被さるなかを 下ります。雨が降ったあとは危険です。
        波音が聞こえ、海岸間近で、木の間から
  右に「大浜」も 左に「道無浜」も 見えます。

   みちなし海岸見えた

    急断崖で、ここまで。
           このみちを下るのは危険です。 
   別のルートを探ります。
   引き上げです。 
前日、測量隊は「明日は、向こう海岸から山を越えてここま降りてこよう」と 
                       旗を立てていったのですから、
  測量隊も 降りられない断崖下に 旗を立てたはずがありませんから、
  もっとなだらかに 降りられて、旗の見つけやすい海岸に立てたに相違ありません。
  もと来たところへ細道を引き返して登ります。   20分間余のロスでした。





(2)尾根道の大浜口へ戻って、下る道を捜そうと、
   マンション駐車場におられたオジサンに声をかけて、訪ねました。
   そうしたら、親切に、「ここまでの途中の 水道やさんの所に降りる階段、その先に続く、
   けもの道があって
   海岸へ行けるけど、釣りの人が通るだけの細い道だし、滑るよ! 名所旧跡も無いしねえ。」
  すごい情報をいただきました。
    大浜口のオジサン
  「その、危険なミチを捜しているんです」と 妻が話してくれます。
                「ええ?  大丈夫?」おじさんの心配をよそに
    交差点店から写真
    右へ下る
  その階段を探し、細い道を下ります・・・・ 実感。 
  このみちが 大濱海岸へ行く道だ。バス停留所も「大浜口」だった。
  しのたけの滑りやすい細道を下ります。10分弱。
  見えてきました。

    見えた大濱海岸


  大濱海岸です。丸い石の集まる石浜です。砂浜がありません。
  両側の岩は 採石kした場所であることが解る 
  段々のキリトリ段が 見えます。
  ここです!  
   もう 200年前に
    伊能忠敬測量隊が立てた 目印の旗は 持ち帰られたので残っていませんでしたが、
    大浜から振り向く
  同じ時代に、京都仙洞御所に送られた 庭の州浜に1万を超えて使われた 扁平の小丸石
                            (=「一升石」と呼ばれますが)
  まだ、とり残されています! 白米の食べられなかった200年前の 天保の飢饉の時代に、
  この石を拾ってきたら米と交換するということをやった 
  小田原の大久保のお殿様(当時 京都所司代でした)、
                今から 持っていったのでは遅いでしょうけど・・

         一升石

  写真を撮って 戻ります。  尾根道へ戻り、再び 貴船神社前に戻ります。
          大浜から上る
     

     尾根道を過ぎたあとは 貴船神社階段下まで、下り坂です。     

      眞鶴ガ見える     
   迷わなければ 片道 30分間あれば、運動靴姿なら 70歳の方でも危険はありません。
  グーグルの写真地図で 示しておきます。
    ※ このグーグル写真地図の上に マウスのカーソルを置いてクリックすると、拡大してハッキリします。
       拡大画像を クリックするとさらに拡大します、 

  
横切り写真地図
 
 質問!
  でも、この「横切」をして 歩数から距離を割り出しても、山の斜面ですから、
             平面の距離は解らないはずですよね。
 伊能忠敬は どうやって 平面の直線距離を計算したのでしょうか? 
  
      
国立国会図書館のHPに 「江戸の数学」の紹介解説があります。
             http://www.ndl.go.jp/math/s1/c7.html
  そのなかで 伊能忠敬の測量を説明した場所があります

   国立国会図書館の江戸の数学から測量法
  下の部分で 忠敬の補正方法が解りますかね。 もう少し読みたいひとは HPをご覧下さい。
  そこでは 
  山の高さを測る方法、山までの距離が解らないでも高さを測る方法、三角測量とは・・・など
  計算すれば全て解ること、江戸時代の中頃西洋か入ってきた「三角関数を使う方法」など 
  解りやすい説明が図入りで示されたいます。












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2016.11.13
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