昭和天皇の4兄弟で、最も若くて、226事件などにも巻き込まれず、
 戦時中も将校として出陣で苦労することも少なく、終戦を迎えたから
 戦後も オリエント学会など、伸び伸びと研究生活を送った
 三笠宮さまが 高齢で亡くなって、宮中は喪に服している。

 多くの子供たちがいて、(子供たちに先立たれたが)、その動向や
 早くなくなった子供たちの葬儀が 何度か報道されて、
 私たちは豊島岡霊地のことをしるようになった。
 今回も、毎日の新聞を見ると、次々と 葬送の儀式が行われている。

天皇と、天皇の弟の違いがハッキリ出る。例えば、「歌舞音曲を慎め」というお触れは出なかった。
 昭和天皇が亡くなったときには、日本中、どこの学校でも、
 運動会、音楽会ダンスなどの文化祭行事は延期されたものだ。
 でも、今回は、酒も慎めという報道もなく、
 私は旅行中であったこともあって、TVで「逝去」ではなく 「薨ず、薨去」の報道を見たが、平常であった。 

現天皇の生前退位について等の論議が はじまっているが、今回の葬儀で急ごうとかの話も無いようだ。
 内閣総理大臣も、政府の役人も、都庁も TPP ・ 豊洲 ・ オリンピック ・ ハロウインなどで
 全く 慎む行動もしなかったし、服装もいつもどおり。 半旗はどうしたんだっけ?
 来日中の大統領との会見を、現天皇が遠慮しただけだったように思う。

そんなときに 地元の衆議院議員 牧島かれん さんの自筆連絡が11月5日に届いたが、最後に
 国王が亡くなって しばらく時間がたった タイ へ行くとの報告で、
 こんな風に、まだ、喪服が必要だという 渡航準備であったようだ。
 いかにも タイは 仏教国らしいなあと思った。

 
タイ牧島かれんFAX
が、そのFAXを もらって 新聞を見たら、11月6日の『読売新聞』には

                    読売新聞
タイの喪服28.11.6.読売新聞


 上記のように 分析していた。 タイ国の 喪に服することの 今回の異常(?)とも言うべき状況を。
 
 戦後の南アジアは 先ず シンガポールから復興発展が始まって、
   マレーシア、タイ、ベトナム、ミャンマーの順番だった。 
      それは 自転車→オートバイ→自動車が町にあふれる順番が示していた。 
その先進国のタイが・・・
   これは 行きすぎだと思うけど、


 昭和天皇の時は 日本も こんな風に見られる状況に あったのかもしれない。
 そう思った。
 


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2016.11.08
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