霜月朔日の みぞれ交じりの冷たい雨が降る 北陸 にいがた市
 明治期に北前船廻船問屋として活躍した 小澤屋七助、七三郎の家を
 見学に行ってきました。

小沢家住宅

        小沢家住宅2



冷たい雨の中を やって来た 私たちに 
 新潟弁の温かい言葉を かけてくれた 受付の女性に
 感謝します。ありがとうございました。

信濃川河口の寒風吹く小路を、中学校の生徒のグループ見学に
 雨に濡れながら 説明をしていた、観光案内ガイドさん
 ご苦労様です。
 きっと、私も 新潟で高校教員を退職して新潟に住んでいたら、
 先日亡くなった 雪国あられの小山君のNPOに参加して
 こんな風に ガイドをしていたと思います。

再来週、湯河原で開催される神奈川県の観光ボランティアの
 研修大会で、お話しをさせていただく私ですが、
 見て来たばかりの このお話しから 入ろうと決めました。

小澤家は その後 新潟の石油会社に出資して発展する一方で、
 商経済界、政界にも出て 小澤辰男氏は、田中角栄総理の金庫番ともいうべき
 活動団体の事務局長を務めるまでになりましたが、
 厚生大臣時には、半島から連れてこられたり、やって来て終戦を迎えた人達を、
 新潟港からの北朝鮮への帰国を進める帰還船の事業に努力されました。
 帰国後の人々が全て幸せであったわけではありませんが、故郷へ帰ることの意味は
 かみしめることが出来たかなと、
 その事業を見に、新潟港帰還船出発波止場へ行った、
 寄居中学時代の私は思ったものでした。

その後 個人的にも大変お世話になりました、小澤辰男さんでした。 
 子供の頃、西大畑から 自転車でその自宅前を何度も通りましたが
 今回 中に入って 見学にいきました。
 ありがとうございました。


 
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2016.11.03
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