きょう 読み終えました。  
    あとは 
    書き下し現代文に 直すことです。
    
   『眞鶴町史』の資料篇に 掲載されているのですが、原文(下記)長くて読みにくい上に 
     字の間違いもありますので、
     読みやすく 分かりやすい文章にして なおかつ 人名やことの背景に 注を付ける必要があります。
 
              全体

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  眞鶴漁港
           農 林 大 臣 従 三 位 勲 二 等 後 藤 文 夫 題 額

築港ハ眞鶴多年ノ宿望ナリシガ昭和二年田中内閣ノ成ルヤ鐵道大臣小川平吉氏外務政務次官森恪氏農林参與官砂田重政氏等要路者ノ眞
鶴ニ多少ノ縁故アルヲ以テ宿願成就ノ時近ヅケルヲ感知シ同年五月町會議員ニ町有力者ヲ併セテ築港委員會ヲ設置シ運動ニ着手シタル
ガ縣知事池田宏氏ハ直チニ快諾激勵セラル小泉策太郞氏松本剛吉氏モ亦我等を支援ス殊ニ松本氏ハ凡テノ運動ニハ指導者ノ必要ナルヲ
諭シ其適任者トシテ胎中楠右衛門氏ヲ紹介セラル胎中氏ハ一諾重キニ任ジ農相山本悌次郎氏ヲ熱心ニ説キテ遂ニ其内諾ヲ獲ラレタリ同
年七月農林政務次官東武氏眞鶴港ヲ視察セラレ防波堤工費金四拾八萬圓内農林省補助金拾九萬圓地元寄附金廿八萬圓ノ縣営事業トシテ
農林省預算ハ大蔵省ニ廻附セラル然ルニ大蔵省ハ眞鶴ガ伊東港ニ近ク又餘リニ小港ナリトノ故ヲ以テ之ヲ削除シタリ當時内閣嘱託トシ
テ首相官邸ニ勤務セル胎中氏ノ熱血ハ湧立テリ眞鶴漁港ノ運命ノ決スル此瞬時ニアリ胎中氏ノ悲壮ナル決意ハ先ヅ内相望月圭介氏ヲ動
カシ首相田中義一氏亦動カサレ内閣書記官長鳩山一郎氏法制局長官前田米蔵氏亦大ニ斡旋スル所アリ蔵相三土忠造氏遂ニ首肯シテ眞鶴
漁港修築ハ遂ニ昭和三年度豫算ニ計上セラレタリ然ルニ同年議會ハ解散セラレテ豫算成立セズ翌四年漸ク其ノ通過ヲ見タルガ同七月田
中内閣倒レテ濱口内閣成ルヤ緊縮政策ニ依テ所謂實行豫算ヲ作成スルニ當リ眞鶴築港ハ延期セラルル懸念アリシガ逓相小泉又次郎氏同
参與官平川松太郎氏熱心ニ之ヲ支持シ農林参與官山田道兄氏内務参與官内ケ﨑作三郎氏等之ヲ應援セシカバ農林省補助金貮萬圓地元寄
附金七萬圓ヲ減ジ総工費金卅八萬圓ヲ以テ昭和五年四月着工セラレタリ我等ノ運動ハ満三年ヲ經テ茲ニ初メテ實現セル也
漁港設計ハ初メ燈臺局技師工学博士石川源二氏ニ依嘱シタルガ縣土木部長三輪周蔵田邊良忠両氏監督ノ下ニ眞鶴漁港修築事務所長堤滎
左衛門氏ニ依テ設計變更ヲナシ南北防波堤金卅八萬八千五百圓ノ縣営工事ト港内設備及海岸埋立金拾九萬圓ノ町営工事ニ着手シタルガ
尚農村振興土木事業トシテ昭和七年度南北舩揚場金参萬参千圓同八年度海岸浚渫金貮萬参千圓ノ工事ヲ内務省ヨリ許可セラル凡テ之ヲ
竣工シテ同九年三月眞鶴漁港ハ全ク完成シテ新装ヲ凝レスニ至レリ海岸埋立地ハ約壹萬参千坪ニシテ同九年一月町営魚市場ヲ開始シ茲
ニ眞鶴港繁栄百年ノ計ヲ樹立ス工事期満四年間農林省漁港修築主任技師關口四郎橘英三郎両氏ノ懇篤ナル指導ヲ受ケ縣知事池田宏氏山
縣治郎氏遠藤柳作氏横山助成氏四代ヲ通ジテ縣當局ノ親切ナル擁護ノ下ニ財政其他有ユル難關ヲ突破セルハ満腔ノ感謝ニ堪エザルト共
ニ往時ヲ回顧シテ事業完成ノ凡テ順調ニ進ミタルハ全ク天佑ニ依ル事ヲ惟ハザルヲ得ズ茲ニ眞鶴漁港修築ノ由來ヲ記シテ後代ニ傳フ
                                  昭 和 九 年 四 月 一 日     
                                        眞 鶴 町 外 二 ケ 村 組 合 長 松 本 赳 撰
   
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   この土曜・日曜中は 社会福祉協議会のイベントのお手伝いがありますから、
   金曜日には 片付けたいものです。

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2016.10.19
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