南に 秋雨前線があって  雨は降らないけど
  関東の南側の 湯河原では 曇り

  残念ながら、 マンションの窓からは 月見は出来ませんでした。 (午後7時過ぎ)


        十五夜


ところが、 講習会に行っていた 妻が帰ってきて、「少し 見えたね。」というので・・・・
  午後10時に ベランダに 月光が照らしている。
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    ここ最近、中秋の名月には みられなかったことだ・・・・
    見上げて 写真を撮る。 もちろん手で持っての自動なので、ピントの合うはずもなく、ボケて写った。

            DSC04103.JPG名月

    ポスターのイベントも 盛会だったであろうと思いました。
      名月に ふさわしく、TV 「カンブリア宮殿」で サントリー「伊右衛門」の巻をみながら・・・
      お茶ではなく、 コーヒーでもなく、 お酒でもなく、 トマトジュースを飲みながら書いています。

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           今年の正月に 電車の終点から 歩いて行った石山寺
           そこで 『源氏物語』を書いた 紫式部 も こんな風に名月を愛でたろうと・・・

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           湯河原の近所のスーパーの 棚には こんな お団子も 売られていましたね。

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2009/10/03 23:55 0 0 昔 書いたブログ 記事を再録

 今夜 10月3日 (土)の月齢は、14.83というから、ほぼ満月の十五夜。

○さて、「東海道中膝栗毛」の公開講座をやっていて話題となったのが、東海道鞠子の宿
  から山道にはいって宇津ノ谷の慶龍寺を目指した弥次さん喜多さんは、そこの名物、
  「十団子」を見る。
   これは夏の「地蔵盆」での やくよけ である。十個を糸を通して、9輪の90個である。
 
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○冷泉家の話だが、
    ここ湯河原から近い、鎌倉の浄光明寺の裏山に、冷泉家祖の冷泉為相の宝篋印塔がある。
  冷泉為相は藤原定家の孫で、母は「十六夜日記」の作者である阿仏尼であることは 誰もが
  知っている。阿仏尼の墓は、英勝寺前の道を線路際南へ行ったところにあるやぐらの中にあるが、
  ちょっとさびしい。
  為相と、その異母兄である藤原為氏との所領紛争で 鎌倉幕府に訴えるために、阿仏尼は高齢で
  あったにもかかわらず 鎌倉に下り、訴追した。が、幕府の判決が出ない前、所領紛争の解決を
  みずに亡くなった。
    日記は「阿仏日記」などと呼ばれていたが、十月十六日から記述が始まっていることから
  「十六夜日記いざよいにっき」と呼ばれることになった。 
 
○明日の十六夜は、十五夜よりも少し満ちたり・欠けて、少し遅れて上ってくるので、
   「いさよふ(猶予ふ)」とよばれ、  「たゆたう」「進もうとして進まない」「じれったい」の意味があり、
  この「十六夜日記」は、
   阿仏尼の提訴結果が早くでないことをかけた命名として、ウマイ!
   
と 私は思います。


● 上の記述で、
   今晩のような 十五夜は、
   必ずしも まん丸の満月ではなく、まだ欠けていることがあると云うことです。
   今日
   2016.9.15.の今晩の 中秋の名月は、月齢14.15以下だったと思いますので、
             十五夜=/=満月   
   にはなっていません。 今年は 月齢15の満月になるのは、
   明後日の17日(土)夜の月
ということになります。

 
  
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2016.09.15
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