湯河原町と 真鶴町との境界にある
  福浦湊です。

  台風一過の まだ東京・埼玉・茨城・栃木で 大雨警報が出ている今日の夕方です。

  ノジマへ リサイクルプリンターインクを持っていく時に、
  先日 湯河原町観光課から依頼された
   「福浦港築港記念碑」の解読をしようかと 写真を撮りに行ったのですが
   台風の翌日で、
   はやりの「みなと食堂」も閉店。
   いつも 真鶴漁協で 社長さんに顔を合わせている 「かねか水産」も閉まっていて
   港には誰もいない状態で・・・、 碑のあるところを聞くこともできませんでした。

でも、奥の箱根連山、手前の城山・尾崎山、右端の幕山を のぞむ
   この 福浦の港は
   150年ほど前 伊能忠敬も 大日本輿地図の製作のために、訪れた場所。
 
福浦港2

  ※ マウスのカーソルを 写真の上に置いて 左クリックすると 拡大されて鮮明に 写真を楽しめます!
   海風も 気持ちよく 三枚 写真を撮りました。
     昔 石川県能登半島の 羽咋市能登一宮の滝港や 七尾市七尾港や 富山県の氷見港を見た時を思い出し
     気持ちよく ほんとうに懐かしくなって 全景を撮りました。

   堤防にあがると 初島は 手が届きそうにハッキリと見え、その左に大きな三原山を抱える大島が見ました。

福浦湊

  三枚目は こんな古い堤防石垣の組石のデザインが気に入って 撮影。
    こんな石の使い方が 珍しいと 撮影するのは めったに居ないでしょうけど・・・

    排水溝石組み

  港の防波堤にある 海水抜きの穴です。 城なら 「狭間」ですね。 組石の形が△をしてるのが珍しい。
  それを支える 石も三角を構成するように なっていて、安定感があるデザイン。
  見たことが あまりないもの。
                             gh_kamon.jpg


        戦国時代の小田原北条氏の家紋 「ミツウロコ」 に 似ているので、
       北条氏の支配下にあった この福浦港らしい 江戸時代の古いものか、 
                       昭和の施工者の遊び心か、
       写真におさめました。





  
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2016.08.24
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