八朔(はっさく) 八月一日のことです。
  その「八朔」を大事にします。七月から続いている暑さですが、いよいよ本格的な夏の暑さに入る。
  その 心身弱って来ている中で、気を引き締めて さらに精進する覚悟の日です。
  何か、気を引き締めて 新境地へ入る日として、むかしから 神・仏界では大事な日とされてきました。

  その暑い真っ只中の 八月はじめまで、実を付けていて、保存が利いて、甘酸っぱいクエン酸が
  腔内をさっぱりさせ、料理のドレッシングや冷たい飲料に清涼感を与え、疲れをとることになるというので
  重宝されてきた 果物。 
     その黄色い大きな 「夏みかん」も、八朔の時期に 贈答品として重宝されたものです。
     わざわざ、その小ぶりな異種に、「八朔」と命名されたものがあることはご存じでしょう。
  とても酸っぱくて、皮のごつい「夏みかん」と、 あっさり酸っぱさの「八朔」との中間が、
  「甘夏(あまなつ)」です。

西暦1600年の直前、小田原城攻めの最中に、秀吉から関東支配を命ぜられた家康が、
  いよいよ、静岡駿府から、江戸へ入場するときが やって来ました。
  夏の最中のその大事な日を、当然、徳川家康は、上記に述べたように、区切りの日「八朔」としました。
  江戸入府以来、初代家康の江戸開城の苦心を忘れぬよう、また、祝賀の日でもありましたから、
  徳川幕府は代々、この八月一日を「八朔の登城日」として、在江戸の大名の総登城を命じていました。
  
江戸時代を通じて、「八朔」は、武士達にとって重要な意味を持つ日となりました。
  のちの明治政府が、2月10日を紀元節=建国記念日として、のちの紀元2600年運動につながる日を
  大事にしたことと同じでした。

さて、私は・・・今年の八月一日
  今回の留学生にも、城願寺での「ヨロイ着付け体験」も、8月1日だったので
  その日にあわせた武家行事、所作の意味を説きたかったのですが、江戸時代以降のことなので、
  外国の若い人達には無理だとあきらめました。
  頼朝・実平の旗挙げの場ということを、説明して、着付けに力を入れました。



きょうの『湯河原新聞』に その様子を紹介していただきました。 ありがとうございました。 
 写真右端 流れる汗をとめる はちまきをして 上海の女の子の カブトの緒を締めるのが 私です。

            相豆新聞タイトル
着付け体験編集









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2016.08.03
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