きょうは 13日
  新暦の東京暦では 7月のこの季節が お盆です。
  妻の実家 髙﨑家では 長く東京でしたので、
  新暦にあわせて仏事を行っていました。

そこで 昨日は 墓の掃除にいき
 きょうは 夕方5時過ぎに マンション玄関前で
 非常火災ベルが鳴らないように
 気にしながら 
 素焼きの土器(ほうろく といいます)に キビガラを
 火をくべて
 仏壇に 仏様を お迎えしました。

     ほうろく 迎え火 

それまで 貯めていた録画のうち、BSの南アメリカの「マチュピチ遺跡」を見ていて
  アンデスに暮らした人々の 天の神に近い環境で暮らした様子を
  みていて、

  突然に、中断して、
  日本の仏事に戻って 迎え火を焚きました。
  現代人の きりかえが早いことに・・・・  我ながら感心して・・・

会津や新潟で育った加藤家では、わたしが上京して暮らし始めてからは、仏壇は 弟まかせで
  仏壇がなかったので、このような迎え火の行事はしなくて、
  新松戸で育った子供たちには、体験させることができませんでした。
  ちょっと残念でした。

旧暦の土地、新潟市内で育った父親や親類では、新潟市の西堀、不動院のほうへ 

     手提げ提灯

夕方、子供の私が、盆提灯のローソクに火を付けてもらって それを 照らしながら、
(ほんとうは 墓地へいってから ローソクの火、お線香の火で点灯してお参りし 
 提灯に移して、仏様の魂の火をお墓から家へ持ち帰り、仏壇のローソクに火を移すのだと言われたのですが、
 子供の私は せっかくの提灯がうれしくて 行き帰りとも ローソクを点すと駄々をこねたらしいのです。)


  当時、裁判所の裏方の西堀通りにあった伯父さんの家から西堀通りへ出て、木の橋を渡って

 西堀通り

  ・・・墓地に向かい、お参りをしました。
  不動院のお坊さんの天野さんの先々代かな? 寄居中学校同級生の天野君のお祖父さんと、
  のちにはお父さんがお経をあげてくれました。 小学生の同じ年令の天野君が 
  いがぐり頭で墨染めの衣を着て
  小鐘を持って廻ってきてお経をあげてくれた 蝋燭の炎に揺らめく墓前の小学生の頃を思い出します。

その旧暦なら
  京都では 大文字などの山腹に 大きな字や図のたき火が有名ですね。
  関東でも 箱根で 大の字が たかれます。

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2016.07.13
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