酒場で歴史を語る会

江戸周辺の史跡旧跡を訪ねても、すぐに酒場に場所を移しての歴史裏表蘊蓄を語りあう「酒場で歴史を語る会」。仮の経営者が、足跡と今後の夢を記録する、魑魅魍魎単純明快の酒場。

保育園・小学校時代の町・・・羽咋市

石川県羽咋市大川町の地図
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 赤点で暮らしていた。昭和23年生まれてから小学3年まで10年間。点線・・・JR七尾線の東に湾曲して点線で描かれているのは羽咋から能登半島西海岸を走る私鉄の線路跡。サイクリング道路となっている。
 エンジ■は病院。西から転居したが、旧場所(茶色■)への急坂は竹スキーの絶好の場所であった。
水門橋が特徴であった。邑知潟へ海水が流れ込まないようにつくられていた。近くの紡績工場からの温水が流れ込んでいて、ウグイが群集していたから釣りのまとであった。
 緑□の橋を渡ったところから、現市民病院(エンジ■)付近は、梨畑であった。
大橋を渡ったところには右へ曲がると川沿いに椎の木ある神社(空色■)
があった。川沿いに桜がたくさん植えてある。秋はその枝を利用して、はざきをつくるのに使われていたから「桜ヶ丘」といわれていた。自宅は羽咋町桜ヶ丘と書いていた。川沿いの道を左折すれば母子寮(水色■)の前を通って自宅(三叉路の茶色○)へ着いた。
 邑知潟の群集跡湖のなごりか、小さな水たまりがあった。(水色○)小魚・ゲンゴロウ・小エビの宝庫であった。
 川では、ウグイの他、フナ、刺身が出来る大きなボラ、海岸に近いため池にはイトヨがいた。シジミもとれた。海岸の千里浜ではハマグリ取り放題であった。

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酒宴酒場の仮亭主

Author:酒宴酒場の仮亭主
「酒場で歴史を語る会」は、歴史好きそして酒好きの多士済々が、折を見て江戸の地を徘徊し、早々に酒宴で談論風発・丁々発止と相成ります。酒宴亭主が、足跡記録のため、日常の情報保存場所として開設しています。

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