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城願寺での案内は、
 午前中は 国際交流事業の、日本で学ぶ留学生、19名の ヨロイ着付け体験のお手伝いです。
 その準備で 今日 役場に借りに行った インスタ用写真撮影用のパネル(湯河原PR用です)を、
 作り直しました。

インスタパネル1

  その作業中の 室温は、下の写真 最下段、
  2019.7.31.午後4時過ぎ  気温 34.9 であったことがわかります!

   DSC03853.jpg
 
 明日の午前中に この写真フレームを使います。

午後は 電気会社の研修の皆さん 8名を、城願寺にお迎えして説明をしますが、
  事前に このような 要請がありました。

わたしどもの フィールドワークでは「平家物語」を通じて日本人が古来培ってきた「人としてのありかた」(日本思想)の様々な形について探求し、変化する時代において人はいかに生きるべきか、各自の日本思想を理解・認識する事を目指しております。

史実や事実関係を紐解いていく事ももちろん重要と考えておりますが、上記の背景があるため、物語としての「平家物語」の文脈から登場人物の人間性・人物像・信仰心等のイメージを膨らませ、
当時の人々はなぜ「平家物語」に感銘を受けたのか、何を目指していたのか、などを勉強したいと考えております。

城願寺と加藤様を訪問するにあたり、例えば以下についてお話・ご意見を伺えればと思っております。

- なぜ頼朝は平家討伐に向け挙兵を決断したのか
- 挙兵時、挙兵後、なぜ坂東武士は頼朝の味方をしたのか
- なぜ頼朝は鎌倉を活動拠点としたのか
- 頼朝の部下や親族(義仲、義経など)に対する姿勢
- 頼朝の朝廷や公家に対する姿勢
- 坂東武士はなぜ頼朝にしたがったか
- 源氏と平氏の違い
- 平家物語の役割


 大手電気会社の皆さんなのに、
 平家物語の研究家や 古典のプロを目指すわけではないでしょうに、
 この質問をもらって
 驚きました。
 
 これまで「声を出して『平家物語』を読む会」という 公開講座をやってきた 
 私に最適の質問だし、
 久しぶりに また、公開講座をひらくとか、読み出したくなるキッカケになりそうです。

 お目にかかるのが 楽しみです!

共に 楽しみな 8月1日ですね。
  あしたは、「八月朔日」ということで、江戸幕府では 家康が江戸入りを果たした記念日と言うことで、
  諸大名達の江戸城への登城日に当たる日です。 夏ミカンのおいしい実り時期なので「はっさく」と名付けられたし、
  例の『枕草子』でいう
   真鍮(かなまり)の器に、甘草の甘いシルを 冬に氷室に貯めておいた ザラメ氷にかけるに使う氷を、
   宮中に参上したときに高級役人へ配られるひで、 家では 宮中から 溶けずに早足で持ち帰ってくる父親を
   まつ 女子供の様子が 書かれていて・・・
  
  私も 明日は かき氷が食べたいですね。 八朔ですから。

先日食べた「虎屋」のHPに こんな話が載っています

   究極の逸品!
 
清少納言 (生没年不詳) は一条天皇の中宮定子に仕えた平安時代の才媛です。
春はあけぼの…で始まる随筆『枕草子』はあまりにも有名ですが、同書にかき氷が登場します (四十二段) 。

「あてなるもの。…削り氷にあまずら入れて、あたらしきかなまりに入れたる。」
 「かなまり」は金属製のお椀、「あまずら」はツタの樹液を煮詰めて作る、一見蜂蜜に似た平安時代の甘味料のことです。傷一つ無い金属の小椀に盛り付け、黄金色のあまずらをかけた平安時代のかき氷。お椀の表面が冷気で白くなり、露を結び、いよいよ冷たさを増す様は「あてなる」つまり雅やかで上品、と表現されるにふさわしかったことでしょう。
しかし氷がこれだけ賞賛されたのは、それだけ貴重品だったためと言えましょう。当時氷は冬の間に、氷室と呼ばれる穴に運び込まれ、夏まで保存されていたのでした。日のあたらない山腹に穴を掘り、地面には茅やすすきを厚く敷き詰めて氷を置き、さらにその上を草で覆って断熱したといわれます。

  幕末には天然の氷が大量に輸送されるようになり、横浜の馬車道に日本初の氷屋が開業しました。また、明治16年 (1883) に、東京に製氷所が開設されます。氷が庶民の手に入るようになるまでには、清少納言の時代から実に一千年近い時を待たねばならなかったのでした。
  
この夏は平安貴族の気分になって、金属のお椀でかき氷を召し上がってみてはいかがでしょうか?



 
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2019.07.31
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