『週刊新潮』の5月28日号で
    本郷和人東大史料編纂所教授の連載
    「戦国武将の交戦規則」で
ひさしぶりに
岩松氏の猫絵の話を読みました。

それは 今から、10年くらいまえに、
           雑誌に連載されたものです。

土肥実平の次男が養子にいった新開氏の領地、
  深谷市新戎の利根川のむかい、
  世良田、得川の新田氏直系の岩松氏のことです。

それは 家康の親が、世良田の子孫といいだしたのをうけて、
  家康は、世良田の庶子が、得川を名乗っていたのを
  徳川と字を変えて、岩松氏の系図に収めようとしたのに断られて、岩松氏を弱小旗本におしこめたので
  猫の絵を描いて収入源とした殿様のことです。

雑誌連載中から、土肥氏、新開氏の関係で岩松氏のことは興味があり、まとめた本を買いました。

戸田の文化財研究会の皆さんや、公開講座の皆さんを、
 新田氏、足利氏、細川氏、徳川氏、新開氏などなどが活躍する場所、出発点というところで、御案内しました。

ひさしぶりの 猫の殿様でした。
  本郷教授には、
  現代語訳『吾妻鏡』のことで、
  質問に行かなくてはなりません。「土肥の後家」の解釈の事で!



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2015.05.29
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