天気も良く 暖かくなったので、箱根からの富士山も綺麗で、弟夫妻と河口湖まで行って来ました。
 
    両夫婦小

御殿場の東山にある、元首相の岸 信介の 晩年の住まいである「東山旧岸邸」を見学しに行って来ました。
 私にとって 岸 信介の印象は、あまり良くありません。1960年日米安保条約の採決強行や国会前の大混乱など、「日本人同士で闘ってどうするんだ、日米で力を合わせて敵と戦うというのに・・・」、子供心に大きなダメージを与えました。
 この人の系譜は、これまでの日本の政界を動かして来ました。
 大久保利通、 2・26事件で湯河原で襲われた牧野宮内大臣、吉田 茂、麻生太郎、佐藤栄作、松岡洋右、安倍晋三・・・・、
 みんな血縁関係にあります。その存在が大きい人物でした。
 広大な庭は 大部分が洋風の芝ですから、たった二つの石灯籠しかありませんが、
       伊藤博文寄贈石燈籠伊藤博文からの燈籠
 一つは吉田茂から、一つは、岸信介の親の時代に伊藤博文からもらったものでした。血縁の影響の強さを示しています。

私は 先日、大正五年 夏目漱石の『真鶴行』に同行した南満州鉄道株式会社の総裁、役員だった二人と、対立して追い出したのが、岸 信介・椎名悦三郎であったことを思い出しました。
 さらに 明治の末に伊藤博文が暗殺された、ハルピン駅に 少し前に行った夏目漱石も、岸信介に会えたかもしれません。(ちょっと 無理かな?)


ともかく、岸は、子供の頃に遊びに来ていた御殿場の松岡洋右の別荘。その隣の敷地を買って、政界引退後、昭和45年に、これを建てて亡くなるまでの 17年間を暮らした場所です。

あちこち見ていると、昭和のお金持ちの、単なるおじいさん夫婦の最期の住まいで、
 言葉は変だけど ゆったりとこぢんまりと 広々と質素に、
          数寄屋造りと鉄筋作りの近代建築のスマートさが、一体となった建築でした。
  茶室 階段
           茶室の暖かさ   すっきりした階段

岸は 設計を吉田五十八に頼みました。 
 かれの晩年の傑作になりましたね。当時の数寄屋日本建築設計トップでしたから。

 岸信介のいす  敷居     
    岸さん最愛の椅子に座る     目の前の敷居は、開け放すと柱がない



     とらや1
 
 見学が終わってから、同じ敷地内にある「とらや工房」で、みんなは みつ豆、私だけ お汁粉をいただきました。ごちそうさまでした。
 久しぶりのお出かけでした。


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2014.01.31
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