今朝 9時から、
 湯河原町観光ボランティアの廣瀬重蔵さんのご好意で、
 湯河原町鍛冶屋の「白丁場石」の切り出し場所=白石丁場というところを、ご案内いただきました。

IMG_3349syou.jpg  IMG_3353syou.jpg  
 まわりは蜜柑畑。建築業作業場が点在するところ、私有地をのぼり歩きます。
 石切場の作業場のあとと思われる平地への直登をやめて、右へ迂回。終点は、ミカン小屋。  
 その左に、鉄階段がかかった「白石」の巨石があって、産地だったことが分かります。

IMG_3352syou.jpg 連結画像-1  

藪を乗り越えて、石切場の真下へ到着しました。 しかし、倒木が多く、表土からの落石も心配です。
 頭上の方には、2~3m石の混在したローム表土の上に、灌木があります。これが崩れています。
 下部の灰色の石が「白石」です。
 残念ながら、柱状摂理も大きくなく、巨石の切り出しには向かない、破砕が多く入って、石材生産には向かない場所でした。
 生産中止の理由は、ここでは大板の石材が採集出来ない石層になったので廃業したのでしょう。
 上の写真のような大きな石塊が無くなったので、石丁場として寿命を終えたのでしょう。

 IMG_3360石切場 小


石の運び出しは、私は、奈良時代に使われた「修羅」によるものと考えていますが、博物館の江戸時代の石材関係イラストでは、低床で小車の付いた(今のフォークリフト・トレイに小車をつけたような)図が使われています。
 
でも、
(1)広瀬さんが発見した幕山の茅ヶ崎ロックの上にある「石曳き道」と思われる坂を落とすには、修羅で充分かと思います。全面が石葺きだから・・・・。
     幕山 石曳き道小

(2)一方、小田原城か一夜城の建設に使われてと思われる「石曳き道」は、道の両方に薄石をしいて、小車がもぐらないようにしたという紹介資料があります。
     石曳き道説明

(3)が、しかし、ここの白丁場の坂道途中に、葺き石の無い「石曳き道」遺構が、しっかり残っていた。
        IMG_3372坂道 小 画の上にマウスを置いてクリック、拡大字が読めます

このあと、広瀬さんと 鍛冶屋地区の「白石」で出来ている塀垣を探しましたが、発見には至りませんでした。
またの機会を。 
       釜石塀(鍛冶屋) 
 鍛冶や地区の だいたいが、このようにいわゆる礫(れき=小石)を含んだ「釜石」「かまど石」の塀です。「白石」の建物がほしい!  と思いました。

お忙しいのにご案内くだされた広瀬さん ありがとうございました。




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2012.04.30
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