2012年02月の記事一覧
如月の閏日
2012/02/29 23:34:47
着ているものに、更に、もう一枚着重ねても寒いことから「着更着」キサラギといわれた2月。
今日はその2月最後の晦日日。そして閏年の「うるう日」でした。
(これから、腕時計の日付も変わるでしょうが、全自動では無いので、直さなくてはなりませんが)
そんな、今朝は、
昨夜からの 急なNPOの仕事に振り回されて、夜も寝ずに、朝飯も食べられず、コンビニへ拡大コピーに行く、文具店にカードを買いに行く、別の店に透明袋を買いに行く、300枚の印刷はする、ラミネートに孫の手を借りる有様で、14時間かかって中途半端な仕事になって、届けたのは午後2時になった。

窓のサボテンは ピンクの花を10個咲かせているのに、朝方から雨が 雪になった。
駅裏の「城山」は、ゆっくり、雪に覆われた。

約束の荷物を届ける窓から見た 梅の幕山は、こんな具合であった。梅が咲いている山とは見えない、行けば遭難しそうな雰囲気の冬山、厳冬のイメージであった。

遅刻して・・・・・前からお約束の、城願寺での「土肥会」の会合に出席した。

4月1日開催の「土肥實平・源 頼朝出陣武者行列」などの議論であった。議論は真剣。言葉は荒いから、怒号(?)も飛び交うように聞こえる。それでも、会ったことも無い、話したことも無い、血のつながりも無い 820年以上前の人物を心のよりどころにする人達である。地元の人だけで無い、退職後やってきた人達が一緒に堂々の意見を言う。
その人物への興味関心は、誰にも負けない自負があるから、意見は対等である。会長にも顧問にもくってかかるのは、地元の英雄への思慕が根底にあるから・・・・
そして、多数の意見が、そこで まとまっていく・・・。我々のNPOに欠けるのは、その点だなと思った。
私は、その人物の後裔の方々の消息が 次第に把握できないことになってきたので、それを再度、調べ直すお手伝いをすることになったことで、そして、「白丁場石」を探す情報がほしくて、参加させていただいた。
ここまで書いたら・・・地震だ。11時33分くらい。ここでは小さいが、遠方で大きな地震だ。この揺れは。
今日はその2月最後の晦日日。そして閏年の「うるう日」でした。
(これから、腕時計の日付も変わるでしょうが、全自動では無いので、直さなくてはなりませんが)
そんな、今朝は、
昨夜からの 急なNPOの仕事に振り回されて、夜も寝ずに、朝飯も食べられず、コンビニへ拡大コピーに行く、文具店にカードを買いに行く、別の店に透明袋を買いに行く、300枚の印刷はする、ラミネートに孫の手を借りる有様で、14時間かかって中途半端な仕事になって、届けたのは午後2時になった。

窓のサボテンは ピンクの花を10個咲かせているのに、朝方から雨が 雪になった。
駅裏の「城山」は、ゆっくり、雪に覆われた。

約束の荷物を届ける窓から見た 梅の幕山は、こんな具合であった。梅が咲いている山とは見えない、行けば遭難しそうな雰囲気の冬山、厳冬のイメージであった。

遅刻して・・・・・前からお約束の、城願寺での「土肥会」の会合に出席した。

4月1日開催の「土肥實平・源 頼朝出陣武者行列」などの議論であった。議論は真剣。言葉は荒いから、怒号(?)も飛び交うように聞こえる。それでも、会ったことも無い、話したことも無い、血のつながりも無い 820年以上前の人物を心のよりどころにする人達である。地元の人だけで無い、退職後やってきた人達が一緒に堂々の意見を言う。
その人物への興味関心は、誰にも負けない自負があるから、意見は対等である。会長にも顧問にもくってかかるのは、地元の英雄への思慕が根底にあるから・・・・
そして、多数の意見が、そこで まとまっていく・・・。我々のNPOに欠けるのは、その点だなと思った。
私は、その人物の後裔の方々の消息が 次第に把握できないことになってきたので、それを再度、調べ直すお手伝いをすることになったことで、そして、「白丁場石」を探す情報がほしくて、参加させていただいた。
ここまで書いたら・・・地震だ。11時33分くらい。ここでは小さいが、遠方で大きな地震だ。この揺れは。
