吉永小百合の 戦争中の映画をTVでみた。
db-241母べえ

 さて、戦争中に、私の母の姉も、兄も、その兄もなくなった。
 看護婦として、兵士として。

 いとこの中で、最年長であった、私のことを面倒見てくれた母の母、つまり、おばあさんは、福島県の喜多方市に住んでいた。
 戦争で子供達を亡くした、そんな辛いことを一言も語ってくれなかった。

生き残った長女の子である私。
 孫の中で一番長く話し、つきあってくれたし、面倒見てくれた。
 が、何も不平や泣き言を言わなかった。

 一度だけ、中学生になった私と一緒に行ったことがあるのだが、
 
 おばあさんは、大きな荷物を背負って、喜多方から、となりの山都町へ毎日のように、子供達が待っている、駄菓子やクジもののおもちゃの荷物を卸しに行った。昭和27~35年の間に、山都町で近所のお菓子や駄菓子屋に、「やってくんちぇ」と声を掛けてお菓子を買いに来た子供達が、目を輝かせて引いたクジ、駄菓子、スルメ、ビー玉、メンコなどなど・・・・ 
 
 それらは、腰の曲がった喜多方の櫛谷商店の、おばあさんの担いできたものだったのだ。
 (山都町出身のみなさん 思い出してみてください。)
 
 おばあさんは、きっと、年齢の上の方から亡くなった、子供達が生きていたら、60歳、70歳になっても、重い荷物を背負って行商に行かなくても良かったに違いない。

 代用教員で、獄中で夫を亡くした映画の吉永小百合演じる女性は、(実在の野上さんである)
娘二人を医師と美術教員に育てた。
男でのない家庭の頼りなさに、心細さに必死に耐えていたに違いない。
 
 人間、ひっそりと住む、暮らすことは悲しいことだと思った。

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 夫婦で、TVで、映画番組を見ることも最近は無くなったので、久しぶりに見た映画であった。
 いかの丸干しを焼いて、チリのワインを1本飲んだ。
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2010.01.31
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