3月末は、年度末であるから、新年度への引き継ぎが忙しい。

私にとっては、公務員生活の最終日なので、余計に忙しいはずであったが・・・

 ①とにかく電話が来る。  
 「長い間お疲れ様でした」「引退後も、元気でがんばってください」「お世話になりました」などなど・・・・・・同職のかた、後輩から。先に退職した事務長さんからも、県の人権教育課からも、
 
 ②来客がある。
 「お世話になりました」「こちらこそ、ご迷惑ばっかりおかけして」「いやいや・・・・」
本当は、自分の方から、あちこちに挨拶に行くのがいいのに、勤務時間に出かけるのは難しい。
東京都に派遣されている主幹の先生も来てくれた。
 長い間、制服の制定で一緒に悩んできた業者の方も、わざわざご挨拶に来てくれた。

お世話になった皆さんに、こっちから出かけるのは、4月中旬以降だなあ・・・改めて。
 
 ③事務室や先生方に、きちんと挨拶できなかった。
 
「これで帰りますので・・・それでは、教頭先生、お元気で。」 前もって宣言したように、自分の方が帰りが遅いので、帰り際にいわれると、ゴミの整理をしている私は、思うように先生一人ひとりに返事ができない。せいぜい言えても「いやいや、こちらこそお世話になりました。先生のがんばりがあって、私もいい思い出ができました。」ぐらい。
 ただ単に「こちらこそお世話になりました」というくらい。それしか言えなかったことに悔しさが残る。
本当は、「先生のこんなところに助けられて感謝している」「先生のこんなところが、とっても生徒のためになっている」「先生のがんばりに頭が下がるけど、家庭の奥さんや子供たちの時間も大切に。健康が心配」「先生は実力があるんだから、期待しているよ」とか、言ってあげたかったのに・・・・残念。
離任式で、歓送迎会でもなかなか言えないものなのに・・・
 もう、送別会もやってもらったのに、事務室の皆さんから、改めて花束をもらった。ありがたい。
前日まで任期の臨任の事務の女性、最初の担任であった戸田高校の教え子の業務の女性からもプレゼントをいただいた。先生方にならって、私は駄菓子を段ボール箱を事務、職員室へ贈っただけだ。

 ④ゴミの後始末・・・・
前任校から引き続き運んできた段ボールが10箱あった。5月の連休で引き取ったものもあったくらいだったので、今回は徹底的に捨てようと思っていたのに、先生方とシュレッダー使用が重なって思うようにできないまま、夕方になった。個人情報関係で、そのままゴミにできないものが多いから大変。教頭が持っている文書は大部分がそれにあたる。  
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ゴミがなくなる

 ⑤仕事が残っている
・教育実習の申込者(今年度20人)を確定して一覧表にする。先週末で、取り消し、前・後期の時期の変更、単位落として進級できず取り消し・・・など、最後まで確定できなかった。
・年度末に行った転入試験の結果の職員会議報告一覧表をつくる。
・県への報告文書で3月31日締め切りの報告をメールで送付する。
・休学の起案。4月1日からの休学は、旧校長名で決裁する。
 が、校長は定時に帰宅して、私は職員室の先生方に声をかけて降りていったら、「もう、出発しました」と言われて見送れず挨拶すらできなかった。
・永久保存の「学校沿革誌」のうち、2年分が未記載で、定時制を加えた分を確認して記載する。保存USBにも入力。
  ここまで、事務室の大石課長、伊藤主任に協力してもらいながら 「日付が変わる12時までに終わるぞ」と言い合ってやっていて、次々と先生が帰るのを見送りながら・・・・

 結局、1時回って、4月1日があけてしまった。
 3年前に、春日部工業高校を朝になって出てきたときに思ったことと同じで、
 すべてをきれいにできず、
 私の教員生活が終わった。
 IMG_9787_convert_20090402102732小AM1:00

 もう、この道をこの時間に走ることがないだろうと思って、いつもの通勤路を帰った。

 せっかく用意してくれた夕食も、深夜になり、劇的な退職祝いの夕食にはならなかったが、
 深夜2時に、妻と二人で夕食になった。
 風呂に入って「終わったか」と、半分疑問符で思った
 
 長女は先日、長男は今日、退職ご苦労様のメールをくれた。
 次男は4月1日の入社式を前に家の模様替えをして、早く寝ていた。

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2009.03.31
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