今日、赤いのカラーで迫力のある写真が『毎日新聞』夕刊に載っている。赤瀬川源平の「散歩のいいわけ」である。
 赤紙仁王尊である。
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この田端の「東覚寺」は、芥川らの移り住んだ田端「文士村」に近く、赤紙を仁王堂前の左右の仁王像に貼り付けるお寺として有名である。光沢のあるハトロン紙の赤紙を自分の願いを叶えたいところ(頭を良くしたいなら頭に、毛を生やしたいなら頭に、膝が痛いなら膝に・・・・)に、べっとりと糊で貼り付ける。それで痛みが和らぎ快方に向かうという言い伝えで、大谷石かざっくりとした溶岩的な安山岩でダイナミックに彫られた仁王像に貼る。

方丈に伺って赤紙を買うのであるが、お内儀は、4枚づつ左右分に不易糊を沢山つけてくれて・・・・これを持って行って好きなところに貼る。何重にも重なって貼られている上に、さらに貼り付けるのだから、どこが腰骨かもわからないことが往々にしてある。大風、大雨の後で行くと、かなりはがれて、どこが腰か、痛みのツボかが分かりやすい。
 
 江戸時代の流行病を家の門口で防ぐための赤紙の名残であろう。
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先年、祖母を連れて行って貼ってもらったが、そういう作業は楽しいらしい。喜んでやっていたのを思い出す。暖かくなったら、また連れて行くか。帰りには、巣鴨かな!?


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○注○
 東京都北区指定有形民俗文化財 北区田端2-7-3 東覚寺
『赤紙仁王 (石造金剛力士立像)』
 石造金剛力士立像は、全身に赤紙が貼らけているので、通称赤紙仁王とも呼ばれています。身体の悪い人が、疾患のある部分に赤い紙を貼って祈願すれば、病気が回復すると信じられ、現在も、なお、祈願する人が絶えません。横の草鞋は、祈願して病気の回復したとする人々によって供えられたものです。
 寛永十八 (1641) 年八月二十一日、東覚寺住職賢盛の時代に、宗海という僧侶が願主となって江戸市中に流行していた疫病を鎮めるために建立されたと伝えられます。
  赤紙仁王は、江戸時代の末期までは、田端村の鎮守である八幡神社の社前にありましたが、明治維新の神仏分離を契機に、別当寺であった東覚寺の境内に移され、以後、都内に現存する比較的古い時代の石垣の仁王像としても広く知られています。
     平成元年3月 北区教育委員会

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2007.01.31
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