今年は、日本の和歌の世界でも特筆される年でありました。
 醍醐天皇の命令で編纂された紀貫之などによる日本最初の勅撰集『古今和歌集』は、仮名序に延喜5(905)年とある。(これが完成時に書かれたとする説が一般的で、その後も改訂が加えられたことが分かっている)完成してから1100年という節目の年です。
 また、13世紀鎌倉時代初、後鳥羽院の院宣によって編纂された第八番目の勅撰和歌集であり、文学史の中でも評価は高い『新古今和歌集』は藤原定家が中心となり、完成まで後鳥羽院自身が幾度も切り継ぎ(編集)を行っている。1201(建仁元)-1205(元久2)(その後も1210(承元4)ころ後鳥羽院により最終完了)完成というので、それから、800年という節目の今年となりました・・・・。
 この1100年と800年という間隔は、普遍の間隔で、まだ調べていないが、室町時代の有職故実家や貴族・禅僧らに知られていたはずで、江戸時代でも賀茂真淵や本居宣長らが話題としていたはず。(どんなふうに話題としていたのかを知りたくなった。これは今後の課題) 20051129014832.jpeg


 和歌への関心は、高校に入って『小倉百人一首』の宿題が出たのがきっかけです。でも、書道のかなは、小学校の頃に少し習いました。振り返れば、わたしの廻りにも和歌の環境はあったことになります。
 和歌は、貴族世界から広まって、連歌や俳諧や歌舞伎、その他もろもろの日本文化の根底となったもので、とくに、桜から紅葉まで、四季のある日本ならではの、季節の移ろいの美しさを題材として、それに心動かす人々の心を1000年前も、今も日本人の感性を写していることは驚きです。みそひともじにすべての季節と心を託す、日本人の研ぎ澄まされた感覚に1000年、800年と酔いしれてきたのです。そんなことを考え直す年でした。
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 五島美術館は、とにかく、国宝級がずらりと並んだ名作品の集合。素晴らしいの一言でした。
 恥ずかしいことに遠出した所要帰りに寄ったので、持ち合わせが無く、図録の購入を見送ったのが心残りです。
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2005.11.29
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