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日曜日に 電車に乗って、小田原駅におりて、徒歩18分歩いて 会場へ。
  帰りも同じコースを歩き 電車で帰ってきました。
  講演会でした。  会費千円でした。

  期待して行った講演会でしたが、案内のテーマが 何だったのか明確ではなかったこともあって
  私には 期待外れでした。 知りたいことが得られませんでした。
  
  先生には失礼で申し訳ないが、 今回は 講演時間も少なく 中身が少ないために
  電車賃と 時間をかけていったのは 正直、無駄だった気がします。
 次回の講演を期待しています。

  地元新聞案内には、こうあって、何の講演会なのか 今ふたたび読んでも 
  何を中心に説明する講演か よくわかりませものね。
  私も早とちりして 期待を持ちすぎました。

酒伝童子絵巻

  確かに、酒呑童子を描いた サントリー美術館所蔵絵巻本は、

   ① 小田原城主 2代北条氏綱が、作らせたものであることはわかりました。
      しかし、なぜ描かせたのか、その理由がわかりませんでした。

   ② 史料によると、北条氏が、都の貴族、近衛氏に詞書きを依頼した時に、
      橋渡しをしたのが、 北条氏が都から呼び寄せて城下町に開業させ、
      今も 小田原にある「ういろう家」だったことを 知りました。 これは良かった。

 ※ 下の史料などの上に カーソルをおいて マウスをクリックすると拡大されて読めます。

れじめ1


史料1.2.
この史料②に 近衛家に詞書きを依頼した北条家からの仲介使者は、外郎家の青侍(若さむらい)であったことが、
    『実隆公記』に ハッキリ書かれています。持って来た献上品は、香木漢方薬類だったことがわかります。
     公家生活文化に 浸透していた それらを扱うことで、貴族の邸宅に出入りしていた、外郎家の利用価値が
     関東の北条氏には、あったことがわかります。だから 城下に呼び寄せて、今も営業していることが・・・・
     ここの部分が、今日の収穫でした。 
     小田原箱根で亡くなった宗祇、小田原外郎家の存在など
     近衛尚通・三条西実隆・冷泉家・狩野元信・宗祇・北条氏綱・外郎家 の相関図が、明確にわかるヒントになりました。 

資料1    資料2



    酒呑童子まんが

   酒呑童子と 関係が深いのは 外郎売り(ういろううり)です。
外郎売は、 例の仇討ちで有名な曽我の五郎時致です。
 東海道大磯の廓で、酒宴を張る工藤祐経のもとに、小田原名物の外郎売に身をやつした五郎がやってきます。
 兄、十郎祐成と共に、父の敵である祐経を 討とうと つけ狙っていたのです。
 素性を隠して 外郎の商いを始めた五郎は、隙をついて 祐経を討とうとするものの、止められてしまいますが、
 祐経は、曽我兄弟の親を思う気持ちに心打たれ、後日、改めて勝負することを約束するのでした。
 さて、酒宴の席へ招き入れられた 外郎売姿の曽我の五郎は、早口のくだりを交えた口上を述べることになるのです・・・

  小田原で 続いている 外郎売りの紹介です。

セリフ1

セリフ2

セリフ3

   セリフ4


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奇しくも この時期、外郎売りがテーマの話題でいっぱいですね。

片岡鶴太郎さんは 毎日 口上を早口で唱えるのが日課だそうです。
    外郎売り口大会小

海老蔵親子の公演、 
  おさない息子の口上、 外郎の薬では直らなかった(?)父のノドなど  話題がいっぱいです
    歌舞伎外郎売小

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講演会で、
 大江山へ出かけた主催者のお土産だとして

大江山煎餅

 大江山鬼瓦せんべいをもらいましたし、
  鬼と 貴族公家の交流の話しを久し振りに聴いたので、

小田原駅で 帰りに、
成城石井で、鬼のビールを買いました。

インドの青鬼

有隣堂により、
  前から興味のあったこの文庫本を買いました。そのほか『雑兵物語』『耳鼻削ぎの日本史』なども

   殴り合う貴族たち

 目次を見るだけで 楽しそうな本だったので、前から欲しかったのです。

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  読む本が うずたかく 貯まっています。




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2019.07.22


きのうの放火事件のひどさ
   被災された方の お見舞いと 
   お亡くなりになった 皆様の ご冥福を祈ります。

  アニメ好きではない 私も、
   京都へ行って、京阪電車、なかでも、 大津線に 乗ることも多く
  浜大津駅や  石山寺駅など 
  そのラッピング電車に乗ることも多く、よく写真を撮りました。

  古くは 「義経」などから 中学生・高校生が主人公のアニメものまで、
   私達 年寄りには 乗るのが恥ずかしくなるくらいの 絵柄で、
  関東の電車では 考えられない 派手さでした。

  うちの 孫娘達も 昨年の夏休みに、聖地 近江神宮へ、 
  京阪電車に乗って ちはやぶるの 百人一首大会会場を 見にいきました。
 
 

ユーフォ

ちはやふる

  この仕事に たずさわった方々も 
  犠牲になられたのではないかと思い お悔やみ申しあげます。

   火災 ・ 京都アニメ ・ ラッピング電車 ・ ちはやふる ・ 広瀬すず ・ TV朝連ドラなつぞら ・ アニメ製作
   の偶然性にも驚いています。




2019.07.19


 夏休み前の 連休最終日、天気快晴とはならなかったようですが、
   孫娘達は、学校説明に 出かけたようです。

   いろいろな体験授業のあと 
   音楽マンドリンの演奏を 体験したようです。

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   お手伝いの在校生のお姉さん方が
           一生懸命 教えてくれたようです。
   姉は ともかく
   妹のほうは まだ手が小さくて 弦を押さえることができないのを 
   熱心に やさしく 話しかけているのが わかります。

 お世話になりました。 ありがとうございました。


   
   

2019.07.15


どうして こんなことが起こるのだろうか
 不思議で しょうが無い。
  
 4月の「頼朝・実平旗挙 出陣武者行列」で、
  町内有志の寄附をいただいて、 町内に 立てる幟旗。
  毎年使っていて 破損が多くなってきたので、あたらしく更新しようということになり、
  先日の役員総会で話し合いが行われたようだ。

 私は不在であったのだが、あとから 
  会長から レジメをもらっていたので、
  きょう 「90周年記念誌」の資料をみる必要があったので、
  めくってみたら、
  このページが 出てきて、驚いてしまった。
 
 意見の取り違え
  
 「加藤の案によりますものを参考にして すすめてまいります」との注記がある。

 しかし、これまで 私の このブログでも 言い続けてきたように・・・・

 ①頼朝旗挙げの 平安末期には、戦いで家紋を掲げて 出陣することは まだない。
②家紋は 鎌倉幕府成立以降の武家政権が確立してからの 一族・家臣団団結が重要になるまでは、
   頼朝でさえ、「笹竜胆の紋」を 使っていない。 土肥氏・小早川氏の「左ともえ紋」も それ以降の使用。
 ③関東平氏の出身である 「平の朝臣 土肥の實平」は、 その旗に 
    間違っても 源氏の子孫を示す「二両引き」は、使用しない。(源氏子孫の新田氏と足利氏の子孫が使う)
 ④鎌倉市の祭ではない、湯河原町(土肥郷)のお祭り。
    土肥一族の顕彰をおこなう 「土肥会」と湯河原町が開催する 「土肥祭」・「出陣武者行列」に立てる、
    町中の企業や有志の寄附で立てる 旗に、「源氏の笹竜胆紋」を付けることは有り得ない。

 という意見を持ち続けていて、土肥会の小冊子にも書き続けている 私が、
 この「新案 のぼり旗」を 推薦するとは考えられないではないか。
 
これは 加藤の案を参考したが、細かいところは変えるとして
  旗の上部デザイン(二両引き・笹竜胆)は、今まで通りに 作りますということなのかと思う。
  
 どうしてこのようなことが おこるのかわからない。


 
 
2019.07.09

ことしも 6月30日(土)には
  熊本県 熊本市・益城町・宇城市・宇土市など 地図で 紫色の部分が
  大水に 襲われました。

豪雨




紫色の そこは 熊本地震で大きな被害を出した 熊本県益城町(ましきまち)で、
    このような洪水状態に・・・・・・・・・


岩戸川 益城町

益城町



氾らんした 川を挟んで となりの熊本市では、
    熊本市長 自ら 避難を呼びかけていました ・・・・

熊本市長


 その下流  宇城市(うきし)・宇土市(うとし)でも このような状況です・・・

宇城市赤井

  これでは 昨年の 広島県三原市本郷と 同じ状況ですね


2019.07.03
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