『方丈記』山崎 
 私も読んだ 山崎正和の文章明快な、わかりやすい現代語訳です。講談社M文庫


下の記事のコピーは、
一昨年の東日本大震災の日に「朝日新聞」に掲載されたものです。

山崎正和へのインタビューによる記事で、『方丈記』を引用した 無常観をもって生きよというものです。昨日の「読売新聞」より、わかりやすく表現されていました。
2012年から 2年間たった今年の文章は、寄り複雑に回りくどくなりましたかね。でも主張は同じです。
 
そのように、無常観を持って生きよというのをきくと、もっともだなあと思うこともできますが、正しいのでしょうか?
「無常観」が、どれほどの「力」を持っているのかが分かりません。気持ち安定させるための、どれだけのエネルギーになるのか分かりません。しかし、 福島の原発事故被災地に生きる人々の気持ちは、そんなもので穏やかになるのか、もっと彼らの苦悩を直接見るべきだし、聞くべきだと思いますね。今日も東北道の交通事故で、2月から福島県での放射能の除染作業に従事する人達の乗った、神奈川県の作業員が亡くなったり怪我をしました。大勢の人が、故郷を離れて暮らしています。故郷を離れて危険な作業に出かけています。
 その被災地域に、無常はあっても、無常観を持って暮らせ、忘れろ、立ち直れとは、そう易々とは云ってはならないように思います。わたしは、本来、「現実」を突き放したところにこそ、「無常観をもって生きる」ということが、やっとできるのだと思いますよ。
 が、
 山崎さんは、「現実」を見て、体験して書いた『方丈記』の作者、鴨 長明の切実さから、遊離してしまっています。
『方丈記』を読んだ方なら、皆さんが分かったであろう、長明の心に残る、現実への批判、平氏・天皇・院という政治権力への批判を含んだ無常観の重さを、「楽観主義」に置き換えて 前を見ろと云っている、現政権擁護にたった主張でしかないように思えてなりません。


『方丈記』を読んだ皆さんが分かったこと。→ 現場に足を運んで見聞した体験の上に成りたっていた、長明の記述の正確さ、無常への批判性を、山崎さんは、まったく無視してしまったのではありませんか? 世の現実から、ずれたところに立って、無常観をもって生きよでは、鴨長明を引用して文章をつくる資格はないのではありませんか?
 西宮に住み、阪神淡路大震災を体験し、やってきたボランティア活動の人たちを、日本人の良さとして高く評価した山崎さんの、あのときの心が薄れて、単なる評論家になってしまっているのではないかと思いました。2012年から2年たっても、同じことを繰り返し云っているだけでは・・・・・・

 それでは、皆さんも読んでみてください。2年前の「朝日新聞」です。

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わたしが、これまで『室町記』を はじめとして、多くの室町文化論でお世話になった山崎正和さんの、今回の新聞の文章に、あえて、苦言を呈しました。『方丈記』を読んだばかりだったからかも知れません。阪神淡路大震災の被災地、神戸へ行ってきたばかりだったからかも知れません。同じ被災地でも、東北とは大きく違います。
 山崎さんの住む神戸は,すっかり復興しました。建物や交通などは・・・ だから「無常を乗り越えて生きていけ!」が成立します。
 でも、放射能汚染地域に戻れない人たちの多い福島県など・・・・とても「無常観をもって乗り越えていけ!」は、言えませんでしょ。回復の目途が立っていませんもの。政府・行政が・企業が指導・指針を示せませんもの。

 
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2014.01.13
神戸市北野地区は、異人館街として有名です。
 しかし この場所は、鴨長明がしるした「方丈記」の中で、

 大火・つむじ風・飢饉が拡大するなかで、清盛が命じて、
 一斉に、上皇・天皇から貴族・武家をはじめとして庶民までが・・・・移動を開始した。
  平安京から建物が解体され、淀川を資財が下り、新しい福原の都の建設が始まったというので
 見に行ったら、ちっとも工事が進んでいない。ほこりが舞い、泥だらけになり、牛車は駄目で、
 貴族も馬に乗っている・・・・ そのうちに、また、平安京へ戻ると清盛が言い出して・・・・


 その福原京の中心を見下ろすところに、平安時代の暴風雨の神=天神様=「北野天満宮」が、平安京から、
 ここ大輪田泊(神戸港)に移された。新京の安全・無病息災を願うために作られた。
 太宰府へ流された菅原道真が、その怨念から、風災害を起こしたということが思い出されたのだろう・・・

      北野天満宮

その北野天満宮の場所は、源平の合戦がおこなわれた、「生田の森」の真北の山にあった。
 そこから、「風見鶏の館」を見下ろした。
   風見鶏館

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真南の山麓の「生田神社」には。梶原景季の「箙(えびら)の梅」や井戸があった。

       えびら梅

2013.12.19
越谷の公開講座で、受講の方からいただいた
 伊勢の「たべるカツオ節」

 たいへんおいしかった。薄味で 酒の摘みに最適でした。
 夫婦で、いただきました。
 ごちそうさまでした。

かつお1 カツオ2

 これは・・・出汁を取るのではなく、食べるカツオ節で柔らかい。おいしい。
 宅配でお取り寄せしてみましょう!
2013.12.07
この時間は、12チャンネル「カンブリア宮殿」を みましたか?
 浅草に本社を置く、駅ナカや商店街で、一坪の売店を短期間に出店して売る事を
 地方の商店からうけて、実行する黒川社長の話であった。

その実例の一つが、下のお店、三原市のパン屋「八天堂」でした。
 その三原市、駅前のパン屋さん。本店は
 この店。
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広島県では、パン屋さんの雄「タカキ・ベーカリー」の天下で、地元のパン屋さんの店舗展開は苦しいものがあります。戦前からの三原市のパン屋さん「八天堂」三代目も苦労していた中、
 「冷たいクリームパン」をつくり、これにかけた!

タッグを組んだのは この販売会社、黒川社長。 十条駅前商店会で、シャッター店前を5000円で借りて売った。
いまでは、それを駅ナカや、コンコースに店を出す・・・・地方の小規模経営者の味方だ! この会社「のれん会」に依頼するには、出資金5百万円という。結構、高額だ。
 そのせっぱつまった金額でも、挑戦してくれという会社だけが応募してくると言う。


はたして、今後、この人達の手作り製作と販売を、
 大手のJRや東武鉄道などが だまって場所を貸してみているだけであろうか!
 自分たちで、やってくることはないのだろうか?

 大手の、大規模販売の売上げに、陰りが見えてきた。あの電気の「ヤマダ」が初の赤字決算という。
 
広島・三原の小さなパン屋の商品を、徹底的に売る。改札口の前で、一週間売る。
 おいしいものが、送料を使ったお取り寄せ宅配でなく、
 自分たちの歩く場所で、味わい、おいしいという。

先々週、東武線越谷駅の改札前で、うっていて、公開講座の皆さんに紹介した「八天堂」のこの冷たいパン。
 そこを通る参加者に 買ってもらって私も食べた、そのパン。

 今年の春に、湯河原の豪族、土肥實平が源頼朝から派遣されて住んだ、三原へ視察に行ってきたとき、
 新幹線・JR三原駅前で、観光案内所へいって、土肥一族の菩提寺「米山寺」の場所を聞いたとき、
 駅前で売っていたのに、
 私は、清酒「だっさん」だけに気をとられていた、その「八天堂」のパン。

土肥實平の話をしている、公開講座の席で、その包装紙や袋を持っていた参加者の皆さんに、びっくりした私。
 いわれをお話ししたら、帰りに買って帰った人も多かったという、ぱん。

 所沢の、孫娘も「おいしい」といった冷たいクリームパン。
居ながらにして、越谷で買えて、所沢で食べられる、日持ちのしないシュークリームのぱん。

でも、それで、越谷の駅前のケーキ屋さん、パン屋さんは、売上げが減ったことは間違いない。
 いままでは、巨大デパート、スーパーに高いお金を出して入ってくる、有名店だけが競争相手だったのに、
 こんどは、通り道、それも駅なかや改札口、シャッター店の前で、期間を限って突然やってくる
 どこのまちの店かも分からない、商品に、脅かされる、その駅に続く町のお店・・・

いいきっかけだった。

 今後、地方の中小の商品を、どう売っていくか?
 シャッター通りだけの、地方都市になるのか?
 
 今後の日本の商業活動に、課題の多い事を再認識させた、最近の動きであった。


2013.12.05
読んでいます!
 きょうは、「方丈記」の中から、
 昨日の大火災、竜巻・都遷りと復帰に続いて、
 飢饉と大地震について、
 鴨長明がかいた部分を読みました。

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 それにしても、800年前の鴨長明の記述、事件のレポートの正確さは素晴らしい!

みんなで読むのは、あさって最終に。
 あしたは、会場がとれなかったので
     「おくの細道」の日光街道を、春日部駅から、北方、高野台駅まで、40人で歩きます。

 
2013.11.23
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