高橋 敏 先生

 先生の御著書、岩波新書『一茶の相続争い』を拝読させていただきました、湯河原町在住の加藤雅喜と申します。
 新松戸に住み、越ヶ谷高校などの高校日本史の教員を退職した者です。これまで、赤倉・妙高・野尻湖・野沢温泉・小布施・川中島などへは観光で、高野辰之記念館へは越ヶ谷高校校歌の作詞者として研究のため訪問したことがありましたが、柏原は国道でも高速道でも通過するだけで終わっておりました。
 流山の一茶双樹の記念館へも度々出かけておりましたし、信州の各地に句碑が残るので、小林一茶のことは俳人としては知っておりました。しかし、先生のおっしゃるように、余りにも文人としての称賛や観光に利用されていることが多く、その程度しか理解していませんでした。


     一茶新書

 今回、新書の表紙帯の「本性見たり」の字句に引かれて購入しました。兄弟の相続対立も目を引きました。

 私は、この本の半分以上が、江戸時代の農民生活を支えていた村組織だけでなく、文書行政の励行が厳格であった実例を述べておられることに驚きました。具体的には、

(1)前半部の石田直江の領地経営部分の史料をあげての説明部分がおもしろく参考になりました。時間をかけて読み、郷土史のとらえ方に、こういう切り口もあるのだと知り、楽しく読むことが出来ました。

(2)中間部の北国街道、塩の輸送での訴訟問題などの解説部分も楽しく読めました。江戸時代の事件裁判が、とかく奉行所、悪徳代官、関東取締出役、火付盗賊改役長谷川平蔵など、TVでのイメージが強く、評定所での長期裁判については、芭蕉の深川での師の仏頂和尚が争っていた鹿島根本寺の裁判ぐらいしか分かりませんでした。今回、偶然にもやはり俳人一茶の周辺での評定所裁判、伊勢甚などの実例が垣間見られて大変有益でした。

(3)一茶が柏原に戻ってきての財産分割のいきさつ、その根拠になった契約書などの文書法定主義には、江戸時代を身分制度、長子相続制が封建制や徒弟制度の原則だと、ひとくくりに高校で日本史授業をやっていたことが恥ずかしくなるくらい、現在の憲法の法治国家、民主・平等主義の時代と同じということが分かりました。

(4)建物を真っ二つに割るという財産分割の実例もあったことに驚きました。実は、自分の経験でも、私の父親が母から相続した新潟市内の大きな家も壁一枚で分けられていて、裏側に玄関を付け足して別の家族が住んでおり、土地も家屋も、柱が共通の壁により別々に登記がなされていたので、私が相続して転売するときには屋根や壁の切り離しを条件にして、裏の家の外壁工事をしてから、うちの部分を取り壊して、土地のみ転売した経験がありましたので、柏原の小林兄弟の家も同じ様相だったのかと思いました。

(5)そんなに争っていたのに、弟が、亡くなった兄のために句碑を作る気持ちになったのが、なかなか私には解せませんでした。
長年言い争ったうえに家屋を背中合わせに半分とられた、兄を顕彰しようという気持ちが、なかなか私には理解出来ません。
 有名文化人の一茶という名前が、少しは、晴れがましいことがあったのでしょうか、そこが良く分かりません。

 ともあれ、読んだばかりで、反芻することもしていませんので、
  (5)のところが まだ納得できませんが、先生の今回の新書には色々と教えられました。ありがとうございました。

 今度 
 私も一度、柏原に出かけて、先生のこの新書に描かれているところを、ガイドブック代わりにして歩いてみたいと思いました。
 江戸時代、幕末に多いに栄えたこの宿場も、グーグルの写真地図で見ると、だいぶ空き地もあるようで、私が歩いた埼玉県草加宿、越ヶ谷宿、春日部宿、千葉県松戸宿、馬橋宿、流山宿、滋賀県の鏡宿、長崎県復元出島、長野県小布施など・・・・より寂れてしまっているように思いますが、是非、出かけてみたいと思います。
   
  先生のこの新書本は、ドラマチックな構成で、久し振りに読み進めるのが興味津々でしたことを申し添えて、感想と御礼を申しあげたいと思いました。ありがとうございました。

平成29年9月23日
                                かとう まさよし






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2017.09.23

 
  高橋 敏 先生の新刊が おもしろい

  岩波新書1674  『一茶の相続争い
  
  きょう 土肥会の仕事で なかなか行くことが出来なかったので
   一ヶ月ぶりに出かけた体操ジムで、
   自転車をこぎながら、半分を読んだ。
   字が小さい上に引用史料が多く、読むのに時間がかかる。  

       IMG_3318.jpg

 江戸時代末期の 越後と信濃の国境 北国街道「柏原宿」に 生まれ育った
 俳句の 小林一茶とその弟との
 父親の残した 土地と家の相続争いに
 遺言状、相続協議書、契約書という、
 今も変わらない文書主義の土地柄であったので、
 一茶は それを楯にして、 一歩も引かずに、

 子供の時に 母親に先立たれ、継母と対立して、15歳、若くして江戸へ奉公に出されて苦労する。
 流浪の末に 俳諧師として有名になるが、36年間 故郷に帰らず、
 50歳で 父親の死ぬ直前に、ふらりと故郷の柏原へ戻り、介護をちょっと手伝ううちに臨終を迎える父から
 半分の遺産を与えるという遺言状をもらいとる。
 継母や弟が不在の時に。

 一旦は 離れて、しばらくして戻り、遺言状を出して 遺産相続を主張する。
 名主を仲介者にして、折半という相続の協議書を作らせて、
 また しばらくいなくなり、
 自分が亡くなる 直前にやって来て、
 相続協議書の内容の 実行を迫り、居座る・・・・・・・
 貪欲に 異母弟と争って、半分の遺産相続をもぎ取った 36年も故郷に戻らず父親の面倒も 家業も手伝わなかった一茶。
 彼が 弟、継母、名主、村人らなどから、、とんでもない強欲な 風来坊の兄貴と 噂されても
 その相続した 土蔵で 数年後に最期を迎えた 俳諧師の一茶。
 
江戸俳句の文学者としてではなく、
 若くして重労働の奉公へ出て 苦労した、ちょっと根性が曲がったような 浮浪の人物。
 小林一茶の 知られざる真実に迫る、良書である。 

          IMG_3318.jpg

  岩波新書の 帯カバーが すごい
      「本性 見たり」


  江戸時代末期に そのような 文書主義がおこなわれていた背景は、
  武田信玄・上杉謙信の対立から、
  上杉景勝・織田信長そして
  豊臣秀吉の石田三成と、上杉の直江兼続
  上杉と家康の対立、その時代から始まるのだという。
  富山県立山の土肥氏も この戦いの対立の中で、滅んだ時期だ。

  一茶の相続が成功した背景は 同時代の領主入れ替わり、検地のやり方などで
  文書主義が徹底した背景に 理由があったのだ。
       久し振りの 痛快

2017.09.11


同じく 小学校6年生 中学受験問題・・・・・・・・・・・・

設問
17世紀に入ると,
九州の有田で焼かれた陶磁器は、日本の国内・国外へ運ばれて、その製品の質の高さで大好評となり、生産が多い増えましたが、有田で焼かれているので「有田焼」と呼ばれたのですが、何故か外国では「伊万里焼」と違った名前で呼ばれることが多かったようです。その理由を下記の略図や絵を見てその理由をかきなさい。


   伊万里地図

   これも なかなか難しい 日本史の地理の問題。


                                         ありた

2017.08.13


私の好きな TV番組
 「ぶらぶら美術・博物館」

  今晩8時から BS 4 チャンネル 「戦国時代展」の紹介です。

 ぶらぶら


2017.01.20




昨日 戦国展を見て アンケート用紙にも答えたのだが、こんな感想を持った。
戦国時代展CM

   ① 会場が、狭い

      ・文書が並ぶケース前では、人が並ぶ。近くに寄れない。
     ・釈文や口語訳文の展示表記が見えなくなるので、余計に立ち止まる。
     ・関心を持っている人が多いので、長く止まって、字間に隠された武将の
                  心意気まで感じ取ろうという戦国武将フアンの心情を理解しない、
                  隣の展示品との間隔が接近した展示になってしまった。
     ・人気の刀の展示コーナーの部分は、特に、流れが悪くなり渋滞。隣と間隔をあけてほしい。

  ② 会場が暗い
    展示物を 痛めないためとは承知しているが・・・・

      ・見学者が 年寄りが多いので、足元が不安。
   ・展示物だけに、スポットが当たっていて、目が慣れない。
     手元から展示物に目を移すと まぶしいので、しばらく字が読み取れない。

 ③ 作品の説明文が 丁寧で量が多い掲示で良かった
   
   ・しかし、字が小さいのには 上の②の関係で、読むのに苦労した。

 ④ 音声ガイド 550円を きいて
   いつもは、私が 解説をする役目をやって来たので、初めて借用したので、的外れもあるだろうが・・・   

音声ガイドPR
ガイドリスト

   ・ 戦国武将の4人がセリフを分けて会話調にするという設定は、ねらいは斬新だと思った。
       戦国の武将ファンには たまらない形態の説明だと思った。
   ・ 年寄りには ちょっと こり過ぎかな!? たんなる解説だけだと思って面食らったかもしれないね。
       でも、これからは こういう形態になるのかもしれないと思ったね。  
   ・ 武将の声を4人が もっと声質に差があって区別できれば良いけど、聞く側では、誰の声か覚えてられない。
       誰と誰の会話なのか 区別が付くときには 会話が終わってしまっている。
   ・ 対策として 解説の司会係が、「○○なのは 謙信君、その時どう考えていたの?」と
       名前を言って質問を振ると 理解しやすく助かる。
   ・ 音声ガイド番号の掲示が 展示物に目を向けていると、次の 説明番号が わかりにくい。 
   ・ 会話調なので、掛け合いが早口で、聞き取りにくい。もっとゆっくり。
   ・ アンケート用紙に この音声ガイドの感想を聞く設問があっても良かったのではないかと思った
アンケート1


 ⑤ 「分国法」の展示で、領国の百姓・商人への対応の仕方や
     民衆の立場からの戦乱の苦しさに関するものや宗教に頼る展示解説も あって良かった。


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 ※ 続いてみた 「すみだ北斎美術館」の 常設展示での
     タブレット説明板を使った解説文掲示も、新方式で
     私には 将来の説明の仕方かと思った。
           


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2017.01.18
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