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こんな風に、計画を立てました。 ご検討下さい。
 明日 (年末郵便の状況で 遅れる方もあります)、
 案内はがきを 
 戸田市での「西郷どん」講演会参加者、
 春日部・越谷市での公開講座参加者
 のみなさまには、お出しします。

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 数年間のブランクをこえて、都内周辺の名所旧跡を散歩する計画を再開します。
 お正月 江戸散歩 再開!
 今回は西郷・勝らが歩いた芝周辺を御案内します。


2019年1月10日(木)午前10時地上集合
都営浅草線地下鉄「泉岳寺駅」A2 出口
押上方面からなら先頭に乗車。エスカレータ・エレベータで
 
あえて泉岳寺には行かないで、
高輪大木戸跡、新しい品川駅工事(隈研吾事務所設計)を横に見ながら、幕末に「英国公使館」がおかれた「東禅寺」→一世を風靡した時代小説家の「柴田錬三郎邸」→「二本榎木」→西郷の親類「大山巌邸あと」「竹田宮」などプリンスホテル周辺の案内して京浜急行「品川駅」から乗り、地下鉄「田町駅」へ移動→今話題のゴーンさんの三菱自動車前薩摩藩の藩邸跡「西郷・勝会見場所」→さらに地下鉄「田町駅」に乗り「大門駅」へ移動→「芝大門跡」→更科布屋本店付近で昼食予定→「芝大明神宮」→「日米修好通商条約記念碑」 →「増上寺」德川家霊廟など建築物多数(公開していない場所は外見だけという所もあります)→地下鉄三田線「御成門駅」で 午後3時ころに解散という計画です。
 
●私の関係している、
   ・戸田市文化財研究会のみなさま
   ・声を出して古典を読む公開講座参加のみなさま
   ・寄居中学校の同窓生のみなさまなどの 
      自由参加で、

●前もって出欠を取らず、電車も昼食も各自負担で、
  保険も掛けずに「保険証」持参の自己責任で歩く企画です。
  体力気力を考えて参加を検討下さい。

●当日、葉書・資料費用に 5百円頂戴します。


●乗車の参考例
 
1) 春日部駅発8:33 区間急行浅草行き→浅草乗換え7分間、羽田行きエアポート快特
      → 9:51泉岳寺駅着(カード782円)

2) 春日部駅発8:36 急行中央林間行き→押上乗換え7分間、羽田行きエアポート快特
      → 9:51泉岳寺駅着(カード730円)

3) 戸田駅発9:02 →赤羽駅乗換5分間、小田原行き→直通で新橋駅下車、乗換え6分間、快特三崎口行き
      →泉岳寺駅着9:57(カード562円)

4) 戸田駅発9:02 →埼京線新宿駅乗換6分間、山手線→五反田駅下車、地下鉄乗換え4分間、泉岳寺行き
      →泉岳寺駅着10:00(カード562円)

5)湯河原駅発7:33 →横浜駅乗換え5分間→泉岳寺駅着9:35(カード1,625円)






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2018.12.18
月曜日出かける 京都の旅は こんな風に考えていますと
  戸田市文化財研究会の篠崎会長さんへ 今晩メールしました。


篠崎 様

 天気予報が 関西は大雪と予報していますが、
 まあ、雪の京都で良い経験が出来たと思えるようにしたいものです。

1 新幹線遅れても 行くだけ 行きましょう。

2 初日 遅れる新幹線では お昼はどういう予定でしたか?お弁当を各自買って乗り込み車中で食べますか?

3 遅れ具合、京都の雪具合を見て 車中で計画を練りなおしましょう。 無理をしないで 計画を間引いて省略することで・・・早めの宿舎へ。

4 二日目も同じ。計画変更を考え 昼食の松葉の予約をやめました。どうなるかわからないので。当日でも 大きな店なのでOKです。

5 特別拝観も 人数が少ない点、当日開館しないかも知れないので 行けたら団体でなく入ることで考えています。

6 靴も 雪対策がひつようで 傘も必要。やや長靴とか 予備1足持つとか 日曜日 今から電話で参加者へ呼びかけられますか。靴下もよけいに。

7 前もって会長さん宅へ郵送した 資料は、日曜日中には 届かないかも知れないので めーるで送っています。

8 関東は 今のところ このまえの月曜日のように大雪にはならないで済むようですのですが、念のため 私はJR東海道線の始発一番東京駅6:19着か、二番東京駅7:18着で、皆さんの資料をもって行きます。


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  12月の 三条大橋での雪でした。

    
  simogamo1.jpg

  下鴨神社の 雪です。
  そして  東福寺の方丈の 雪あとが おもしろいですね。


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2016.01.23

寒くなった ガラーンとした空間で・・・・
   一気に読んだ 

大学院の先輩である
   中央大学教授の石井正敏さんの本
   『NHKさかのぼり日本史 なぜ、モンゴル帝国に強硬姿勢を貫いたのか』2013年刊NHK出版

空き時間に、つまみ食いのように、あちこちを拾い読みするとか、一部分だけを読むということが多い私にとって、
  一気に通読するというのは滅多に無いことであったが、
  今回、椅子に座って、一息で(2時間以上はかかったが・・・) 読み終えた。

この本では、元寇の具体的内容に比重を置かず、
  その事件の起こる前、事件後の再発対策・準備での情報収集の外交政策に重点を置いたもので、
  表題のように 事件からさかのぼっての情報把握の実態を追っており、
  まとめとして これまでの私の認識不足であったことを 二つ挙げている。
  目から鱗の感じがした。

①元寇の起こる直前の国際情勢・情報は、
  主に日宋貿易の博多商人らによってもたらされたところの、朝鮮半島の高麗国や中国の南宋国からの情報であった。
  その一つは、
    すでに征服されて属国化していた高麗国からは、「元国に従え」といったような忠告の国書と、
    その強大な軍事力等の諸情報を伝えた貿易商人の情報であった。
  二つ目は、元国の侵入と戦っていた南宋国から招来した禅僧達の情報や商人の情報であった、
    元国に批判的な心情からの情報であり、鎌倉幕府執権らの武家政権は、これを重視して対応した。

②それまで、都の平清盛政権や、朝廷・院に勤仕する公家たちが、宋国の文物・文化財・銭を入手するために、
    貿易で入手していた宋国や高麗国の情報で成り立っていたところの「外交権」は、
    頼朝の旗挙げの時から従った、天野遠景を 鎮西九国奉行人として外交拠点の太宰府へ送り込んでから、
    次第に東国鎌倉の幕府に移りつつあった。
   その後の「元寇」への対応から、特に外交国書の執筆や取り扱いには
    南宋からの禅僧の知識を必要としたため、対元国の政策立案にも彼らの意見を斟酌したものとなっていった。
    各国からの国書も
    太宰府から京を越えて鎌倉執権へ送られ、その後、京へ逆送されるという順になり、
    二度の「元寇」を経る中で「外交権」は、朝廷公家の政権から武士の政権に移って行くことになった。


【 結論 】
   日本史を高校で教えていた私が、見逃していたこと。
    それは、世界の大帝国を恐れないでの元国への強硬姿勢は、
    その国に滅ぼされた南宋の禅僧によって得られた知識・情報・そして外交文書作成までやるという価値を認めた
    必要性、信頼性があったということだった。
          
    だから、多くの南宋の僧を、京の朝廷公家衆はもとより鎌倉の北条氏は招聘したし、
    京都・鎌倉に禅宗の大寺院を建てたのだ。 
    
    私の住む湯河原の、土肥実平の城願寺が、
    鎌倉中期に土肥氏の没落で荒れたのに、土肥氏の子孫であり城願寺の壇越である土肥兵衛入道が    
    寺院を再建して臨済宗に改め、南宋からの禅僧清拙正澄(大鑑禅師)を招き、彼の弟子であった、
    やはりこれも南宋の禅僧雲林清深を復興開山として招請して再興ができた。
    
    のち再び荒廃して 戦国時代には大州育守(鎌倉海蔵寺三世)が再興し、曹洞宗に改宗して今に至るが・・・・・
    
   石井さんの この本を読んで、南宋からの禅僧、雲林清深が、鎌倉に近い城願寺の住職に招かれたのも、
   南宋国の消滅と元寇という国際情勢の流れの中で見ることで 理解できるように思えた。 
 

   それを教えてくれた、石井さん
      ありがとうございます。感謝いたします。 
      あらためて ご冥福を祈ります。
           
    

        
2015.11.21


きょうは 台風の前哨戦ということで、
       朝からの小雨が降り続く中で、荷物整理を続けていました。

大学院の授業の 履修届の用紙が出てきました。
⚫️修士1年次の講座
           森 克己 教授
           中田易直 教授
           坂本太郎 教授

⚫️修士2年次の講座
           森 克己 教授
           竹内理三 教授
           寳月圭吾 教授

昔 日本史を学んだ人ならば、だれもが知っている先生方であるし
        こんな先生方に学んでいたのだから、
        その後の自分が
               不甲斐ないと思いました。
               先生がたに 申し訳ないなと思いました。












2015.09.08
突然、休みだからと 車で 伊東温泉の豪華旅館に来ていた次男が
 お昼にやってきて、親子三人で、私の手作りで喜多方ラーメンを食べて帰って行きました。
 その若者でさえ「寒いね ここは」と言っていましたから、寒いのでしょう!
 あさがた、雪予報も出ていて、今日も、寒いですね。
 
●午後、新聞社に、紹介文掲載依頼の原稿を書いて 送りました。
 湯河原新聞、相豆新聞、小田原タウンニュース、神奈川新聞です。
 先日、土肥会会長から依頼のあった、「武者行列」のPRと「焼亡の舞」演舞のPRです。
  
 足湯で配布の 「湯河原温泉のPR」小チラシの原稿をも作り出しました。
 字を大きく見やすく、小さな紙に示すのは、なかなか難しいことです。
 せっかく、今日の午後は 武者行列の着付け練習会であったのに残念でした。

●午前中は、
 5月の土肥会歴史講演会の「後援申請」を、教育委員会社会教育課に持参しました。
 添付書類は、特にそれように出来ていないものもあるので、それなりに、
 昨晩、私の創作したものです。  (嘘はないですが・・・)

●午前中さらに、
湯河原公開講座のPRポスターのPR紙をお願いしてまわる。
  ゆうちょなど2金融機関めぐり。
 NPO法人湯河原げんき隊の定例会で、話した「 ♨足湯 のデザインを決めて 幟旗を発注しました。 
            足湯はた

  先日、足湯に入って下さった美人6名へ写真を送付しましたが、代表は、草加市のかたでした。
  そこで、草加・越谷・春日部での公開講座のご案内用郵便はがき 200枚購入です。

  
   
2013.02.27
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